翌日目覚めた僕は、彼に猫用のミルクを準備しつつどうするべきか悩んだ。
一応長門さんの言うように彼は猫として扱うべきなのだろうとは思うのだが、猫として扱うにはあまりにも人間の子どもっぽすぎる。さて、どうするべきか。

「んなぁう」
「…あれ、起きた?」

ミルクの匂いに誘われたのだろうか、眠たそうに目をこすりながらキョンが起きて来た。

「…におい」
「いいにおい、するかい?君の朝ご飯なんだけど」

そう言ってから少し迷った。昨日はご飯をどうやるべきか迷って、結果結局マグカップであげたのだが、見事キョンはTシャツにたっぷりとミルクをこぼしてくれたのだ。…しばらくは哺乳瓶が必要だろうか。とりあえず再びこぼされても困るので、昨日のTシャツをもう一度着せてから、再びマグカップにミルクを入れて渡す。一緒に外を歩こうと思っても、この格好のまま外には出せない。

「キョン、良い子だからちょっと待っててね」
「ん」

ミルクに夢中になっているのでこの返事はちゃんと僕の言った事を聞いているかどうかはわからなかったが、夢中になっているのなら幸いである。今のうちにキョン用の服と帽子と靴を揃えて来よう。昨日散々ひっつかれていたせいで服の大きさは大体理解している。
じこくは10時を回っていて、店も開いている時間帯だ。じゃあ、言ってくるからね、と最後に一声だけかけて僕は家を出て、鍵を閉めた。間違って出てったりしないように。




それから一時間も買い物をしていなかったと思うのだが、この部屋の惨状はどういうことだろう。床や壁は引っ掻かれて傷がついているし、クッションもぼろぼろである。不幸中の幸いは、ガラス製品が割れたりしていないことだろうか。…殆どの被害はクッションとソファかな、これは。

「…キョン」

僕が帰って来るなり姿を消したらしいキョンに、低い声で呼びかけると、部屋の隅、丸まった布がビクリと震えた。悪い事をした、という自覚はないのだろうが、怒っているのは分かるらしい。

「キョン、出ておいで」

場所は分かっているけれど、わざわざそこから引きずり出すようなことはしない。そうすれば余計怯えるだけだろう。

「キョン」

三度呼びかけるとおずおずと頭が出て来た。近づいて、目線を合わせる。

「…ごめん、なさい」
「キョンは自分がどんなことしたかわかってるかい?」
「…わかん、ない。でも、おこってる。…わるいこと、した」
「うん、そうだね、怒ってるよ」

そう言うと明らかにキョンがしゅん、として耳を伏せた。…駄目だな、怒ってるのに、可愛くて顔がにやけそうだ。

「怪我とか、してない?クッションとか壁を引っ掻いただけ?」

キョンの小さな手を取って見てみる。血とかはついてないから、多分大丈夫だろうけど。

「…おこって、ない?」
「怒ってるよ、キョンが物に八つ当たりして怪我してないか、ってね」
「…ごめんなさい。これ、ぼろぼろに、した」

目を潤ませながら謝るキョンの頭を、僕は軽く撫でた。ついに涙が床に落ちて、勢い良く飛びつかれる。

「ごめん、なさい…っ」
「…分かってるなら、いいよ。寂しかったんだね?だけど、もうこんなことしちゃ駄目だよ」

キョンのミルクを入れていたマグカップは机の上にきちんと置かれていて、ちゃんと自分が怪我しないようにはしていたんだな、と少し感心する。キョンはぐすぐすと言いながらも頷いて、僕の洋服をぎゅっと握った。…可愛いんだけど、これは鼻水と涙でべたべただから、あとでキョンと一緒に着替えるべきかな。

しばらく泣いてやっと泣き止んだキョンの目を冷やしてやりながら、僕は買って来たものを取り出した。哺乳瓶と、ニット帽と、色々な洋服。

「…キョン、外、行ってみる?」
「そと?」

きょとん、とするキョンに僕は玄関を指差した。

「…いく」

ちょっと不安そうな顔をしてはいるものの、やはり外には出たいのだろう、頷いた。

とりあえずキョンに買ってきた洋服を着せ、尻尾はしまい込み、帽子を被せ連れて来たのは公園である。割と近くの公園で、昼間だけれど子どもの姿はない。この辺の団地、子どもが少ないんだな。…小学校に行ってる可能性がないわけじゃあ、ないんだろうけど。

「そと」
「うん、ここは、公園」
「こーえん」
「遊ぶ所だよ」
「あそぶっ!」

遊ぶという言葉でテンションが上がったのか、キョンがはしゃぎ回る。僕もしばらくそれにつき合って、砂遊びやブランコなどをしていたのだが…

プルルル

「お、っと…キョン、ごめん」

長門さんからだった。キョンを見るとどうやら木登りをする事に決めたらしい。

『もしもし?いっちゃん?』
「そうだよ。どうしたの?結果、わかった?」
『そ。だから一応報告しようと思って』

長門さんの一言を僕は待つ。

『結果から言うと、一応は猫だね』
「一応は?」
『何とも言えないんだけど…変異体、って言えば良いのかな、基本は猫なんだけど、人間でもあるんだよ、不思議な事にね。こんなの前例がないから、わたしもさっぱり。わかんないことだらけでこれ以上調べようが無いよ、お手上げ』
「…珍しいね」
『何?わたしがこんな風に言うなんて、って? わたしだってギブアップくらいするよ〜。それにキョンくんの場合、ホントにありえないんだもん。何か変な力でも働いてる、とか思わなきゃやってらんないくらい。まあ、それはそれで面白いんだけど、わたしもキョンくんを研究材料になんかしたくないからさ、とりあえずこのことはわたしといっちゃんの心の中に収めとくのが一番だと思うよ』
「…そうだね、そうするよ」

無邪気に木に登るキョンを見ながら、僕は長門さんに同意した。いいじゃないか、キョンが何者でも。今僕は確かにこの子を可愛いと思っていて、研究材料になんかしたくないと思っている。長門さんも、同じなのだ。

「いつき!」
「ん?」
『あ、キョンくんそこにいるんだ?』
「声聞こえるかい?」
『うん、結構。お〜い!』
「うわっ、ちょ、耳元で叫ばないでよ…」
「ゆきのこえ?」
『あ、キョンくんわたしのこと有希って呼んでくれるんだ?それに、もう覚えたの?嬉しいなぁ』

ぴょんっ、と木から飛び降りてキョンは携帯に駆け寄る。

「ゆきっ、あそぼっ」
『んー…遊びたいのはやまやまなんだけどなぁ…』
「…だめ?」

キョンのこの甘えには長門さんもくらくらしてるに違いない。そう思って僕はとどめの一押し。

「今家に来るともれなく昼食時に哺乳瓶でミルクを飲む可愛いキョンが見れるけど」
『行く!!行くっきゃないっしょそれは!写メ撮らせてねっ!』

ブツッ、と電話が切れる。

「…ゆきは?」
「来るってさ」

途端に抱きついて喜ぶキョンを撫でながら、さて、今日の昼ご飯はどうするかな、とにぎやかな食卓を思い浮かべながら僕は家路につくのだった。

































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