さて、俺はどうしてこんな坂の上の、おまけに全寮制の男子高に行こうと決めたのだろうか。
答えは簡単だ。お家の事情というやつだ。俺の両親は妹が生まれたばかりの頃に事故死して、妹は弟夫婦を本当の親だと思って過ごして来た。けれど、それを知っている俺はどうしてもぎこちなくなってしまう。
妹はまだ小さい。小学生だ。せめて今の俺と同じ年になるまでは、そのことを黙っていたかった。高校生になると変に意識してしまって、隠しきれそうになかった。だから叔父夫婦に頼み込んで、一学期の途中とは言え、俺は全寮制の学校へ行くことに決めたのだ。
北高、と呼ばれるそこは坂の上にある。どうせなら寮も坂の上に作っておけよ、と思うのだが、そこはそこ、体力作りだとかいう名目で寮は坂の下にある。やれやれ。
ついでにこの学校はエスカレーター式で、殆どの生徒は中等部から上がってきたやつらばかりらしい。馴染めるのか?

「また中途半端な時期に転校してきたもんだなぁ。もう少し早くここに来てたら良かっただろうに」
「ええ、まあ…俺もそう思いますが」

家の事情だ、仕方ないだろう。そう思っていると担任の岡部にぽん、と頭を叩かれた。なんだ?

「いや、お前は背が小さいと思っただけだよ、その上顔つきも特に男らしいというわけでもないからなぁ。体も細いし」
「はあ、まあ」
「転校前はそれなりにモテてたんじゃないか?」
「いや、別にそう言うことは…」

俺が首を傾げるのも無視して岡部は一人で話を進める。

「うん、まあお前ならすぐに歓迎されるだろうな」
「は?歓迎?男子校で?」

男子校で男が歓迎されるって言うのはどうなんだろう。そう思っていたのだが、俺の疑問に答えることもなく岡部は教室のドアを開けた。

「あー、今日は転校生を紹介する。入れ」
「はい」

教室に入った途端、生徒がざわめく。俺の方は男ばっかりの環境に少々辟易していた。
むさい。むさすぎる。

「えーっと…――――です、早くこの学校に慣れたいと思います、どうぞよろしく」

そう言った瞬間教室は異様な盛り上がりを見せている。なんだこれ。

「静かに!騒がしくて転校生も怯えてるだろうが。あー、長門」
「はい」
「長門が一番頼りになるだろうから、色々と面倒を見てやってくれ」

こくり、と頷いた男は俺よりも結構身長が高い。鼻梁もすっとしていて、美形だ。何より物静かそうである。

「長門有希。よろしく」
「あ、よろしく」
「解らないことがあれば長門に聞けば良い。席は…そうだな、あの空いてる席がいいだろう」

岡部の指し示した席は窓側の一番端の席の手前だった。また中途半端な。長門は俺の前の席のようだった。
そして何故かそこでまたどよめきが起こる。なんだ?
その理由はすぐに知れた。窓側の方に面した二列。ひたすら美形ばかりなのである。なんだこれ!?
疑問に思いながら席へ着くと、隣の席の奴が挨拶をしてきた。

「古泉一樹です。よろしく」

そして俺はまじまじとそいつの顔を見てしまう。かなりの美人さんなんだが。顔つきもどこか女性的である。

「あ、よろしく…」
「そうそう、部屋も多分その辺りの誰かと同じになるだろうから、面倒をみてやってくれよ」
「はい」

にっこりと笑うと更に女性的な印象を受ける。というか男子校なんだぞ、こういう奴は苛めにあったりしないものなんだろうか。
と、思っていた時。

ガンッ!

「ってぇな!何しやがる!?」

急に後ろから引っ張られ、強か頭をぶつけた。
しかしそいつは謝ることもせず、

「オレ、涼宮ハルヒ。――――って言ったっけ? まあ良いや、キョンでいいだろ」

ちょっとまてそれは妹が俺につけた不本意なあだ名とまったく一緒だ!
などと反論する暇もなくそいつはにんまりと笑って俺に言ったのだ。

「ふぅん、悪くないな。よし、お前、放課後生徒会室に来いよ。ちなみに背いたら死刑な」

な、なんなんだこいつは。俺は助けを求めようと古泉や長門に視線を送るのだが、二人とも無駄だ、と言いたげな視線を返して来た。どういうことだ。
俺のSOSに答える人物はおらず、そのまま授業が始まり、時間が過ぎ昼休み。

「いつきちゃーん、さっきの授業って…」
「古泉っ、ここがわからないんだが…」
「なあ、お昼どうするんだ?」

…と、休み時間の度に古泉の周りに人が集まっている。なんだ、これ。

「キョン」
「ああ、長門か」

というかお前もそのあだ名で呼ぶのか…。

「涼宮が決めたことは学園のルール」
「はあ…」

生徒会長でもないだろうに、なんなんだ?

「そう決まっている。だから私もあなたをキョンと呼ぶ」
「そう、か…で、どうしたんだ?」
「昼だから。購買と食堂がある」
「あ、弁当作ってもってきたんだ。けどまあ一応、学食と購買の場所、教えてくれるか?」

こくり、と長門が頷き、俺と長門の二人で教室を出ようとすると、後ろから声がかかった。

「有希、キョン、どこ行くんだ?」
「うぎゃあっ!?」

ついでに腰を掴まれた。そして尻も撫でられた。変態かお前は!

「ちっちっち、一括りに変態と言って欲しくないね。オレの場合は趣味と実益を兼ねた行動だから」

結局変態なんじゃねーか。

「で、どこ行くんだ?」
「購買。それと学食。彼に案内を」
「ああ、なるほど。んじゃあオレも一緒に行くわ。おーい、古泉くーん」
「あ、はい」

ちやほやと囲まれていた古泉が立ち上がってこちらへ来る。座っていたから気付かなかったんだが…こいつ、俺より背が高いじゃないか。

「どうしましたか、涼宮さん」
「どうせ今から昼だろ。一緒に購買と学食行こう」

それを聞いて古泉はちらりと俺に一瞥をくれると、

「なるほど、彼の案内を兼ねてですね。良いですよ、行きましょうか」

同意して一緒に歩き出す。どうでもいいがやたらとさっきから注目されているんだが…まあ、美形な奴らばかりだしな。

「ふーん、キョンは弁当持って来てるんだ」
「あ、まあな。結構料理は得意だし」

朝起きれさえすればな。まあ転校するから、ということで緊張していたのかわりかし早く起きたしな。

「では本当に案内だけなんですね、彼は」
「そう」

古泉の言葉に長門が頷く。

「で、学食で食う?それとも購買で何か買って屋上とか行く?」
「どっちでもいいが…学食に弁当もって入れるのか?」
「オッケーオッケー。別に平気だって。オレがいるし」

俺はその理由が知りたいんだが。しかしここでも答えてくれる奴はいないのだった。それどころか更に俺の疑問が増えて行く。

「…なあ」
「ん?」
「なんでさっきから俺らぺこぺこと頭下げられてるんだ…?」

そう。先ほどから同級生上級生問わず頭を下げられている。お陰で居心地が悪い。

「まあ、オレと有希がいるしな」
「? なんなんだよそれ…」
「涼宮様!長門様!」

さ、さま!?

「今日はパンですか?あ、古泉くんもいるのかい? 何をお食べになります?」

学年は二年らしい。上履きの色がそう示している。

「んー、適当に10個ぐらい見繕って来てくれるか?」
「はいっ!」

…なんなんだろうこの献身ぶり。屋上にたどりついた後、俺はついに疑問をぶつけてみることにして口を開いた。

「なあ…」
「何だ?」
「お前らって実は学園の覇者?」

真面目な顔をして聞いたら思い切り吹き出された。涼宮なんかは蹲って床を叩いている。

「あ、ははははっ!! 面白っ!んなわけないって…っ!」
「そうですよ、そんなことはありませんよ。…ただちょっとした事情はありますけど」

ちょっとした事情?

「まあ、それは放課後になれば嫌でもわかりますよ」

そうでしょう、涼宮さん、と古泉が涼宮に向かって視線を向けると、まーな。と涼宮は笑っていた。
かくして俺は、問題の放課後を迎えることになったのである。



























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