「あー、それじゃあお前ら、それぞれ節度ある生活を心がけて過ごすように。――――解散」
その瞬間、教室から歓声が上がる。まあ、皆夏休みは嬉しいよな。全寮制だから久々に家に帰るわけだし。
「まあ夏休みって言っても俺たちはまた甲子園だのなんだのの応援もあるわけだし、あんまりのんびりゆっくりって訳にもいかないだろうけどな」
「それでもまあ、休みは休みですからね。運動部の方は毎日練習したりして、もっと大変でしょうし」
「まぁな」
そんな風に答えながら、俺は少し悩んでいた。家に帰るべきなんだろうか。妹は多分、さみしがってるだろう。叔父夫婦も、口には出さないでいてくれているが、多分帰って来て欲しいとは思っているはずだ。
だけど飛び出すように家を出てしまったから、すごく帰り辛い。それに、こっちの生活を楽しいと思い始めている。
…電話だけ、後で入れておこう。色々やらなきゃいけない事があるから、帰れないって。
とか言っといて、皆実家に帰って俺だけ一人寮に残るとかってなったら虚しい事間違いないんだが。
「姫!!」
そんな風に思案していると、横から声がかかった。
「登校日があるとは言えど悲しい事に長い間姫の姿を見れない…!だからどうかこの目にその微笑みを焼き付けさせてくれないか!」
「あ、俺も俺も!」
「オレにもッ!」
お前らなぁ…男の微笑みなんて焼き付けて嬉しいか?
「皆さん、事故や病気に気をつけて、楽しいお休みを満喫してくださいね」
古泉は早速愛想を振りまいている。すっかり板についてるよな、お前。
今頃上の教室で朝比奈さんも同じように笑顔を要求されているんだろうか。
「キョン姫も是非!」
「は?なんで俺が…言われて笑顔になれるような器用な性格してないもんでな、無理だ」
そう言ってやると、そいつらは逆にこう切り出して来た。
「じゃあ、是非その体を抱き締めさせてくれッ!!」
「はぁ!?」
男の体を抱き締めて何が楽しいんだ、何が!
そいつらはじりじりと俺に迫る。ま、まずい。そう思ったとき、後ろからふわりと引き寄せられた。
「ふふ、駄目ですよ。キョンくんの体は気安く触れていい物じゃないんですから」
そう言うお前の手はどこにあるんだどこに!腰を触るな!顔が近い!息を吹きかけるな!
しかし奴らはそれで満足したらしい。
「姫同士のいちゃいちゃもいいよな…」
「ああ、こう…なんていうか禁断、って感じで…」
「あそこだけ空気が違うよな…」
おーい、帰ってこーい。確かに性別は一緒だから禁断ではあるが路線が違うだろ路線が。
「おーおー、相変わらず人気だなー」
「姫制度を発案したお前が言うんじゃない。まったく…」
「ははっ。そうそう、オレは実家の方にしばらく戻るから、その間は好きにしてて良いぜ。ずっと寮に残ってるのは古泉くんとキョンだけだし」
「え?お前も寮に残るのか?」
「ええ。あなたもなんですか?意外ですね」
俺としては古泉が寮に残る方が意外だったんだが。
「あーあ、オレもバカ親父が海外行くとか言い出さなきゃこっちでのんびりする予定だったのなー」
「へえ、どこ行くんだ?」
「フランスとかイタリアとか。ファッションの勉強にはなるから良いんだけどな。鶴屋はみくるちゃん連れて北海道小旅行だってさ。まあみくるちゃんが小動物好きだし」
なるほど。相変わらず仲の良い二人だな。
「あの二人、幼馴染みなんだってさ。家同士の仲もいいし」
「え、じゃあ朝比奈さんとこも結構な金持ちなのか」
俺がそう言うと古泉もハルヒも呆れたような顔をした。なんだよ。
「お前さ、知らなかったのか?この学校、殆ど金持ちの子どもばっかだぜ」
「特別学費が高い訳でもレベルが高い訳でもないですから、普通の家庭生まれの人も沢山居ますけど、大抵はお金持ちばかりですよ」
知るわけないそんなもん。そう思うのと同時に、なるほど、だからここまで娯楽に走れる訳だ、と納得してしまった。
「それじゃあ、行ってきます、お土産買ってきますねっ」
「じゃ、行ってくるよ〜!」
「色々考えとくから、楽しみにしてろよ?」
「…じゃあ、また」
「では、またお会いしましょう」
「姫の役割を怠らずちゃんと復習しとくこと。…じゃ、またね」
「おう、気をつけて行ってこいよ」
「皆さんお気をつけて。また会いましょう」
騒がしく出て行く連中を古泉と二人で見送る。この馬鹿でかい部屋と言うか屋敷に二人、なぁ。
「…寂しくなりますね」
俺の思考を正確に読み取ったかのように古泉が言った。
「…そうだな」
ちょっとだけ笑って、俺もそう返した。
ぐだぐだと冷房の効いた部屋で過ごしても何にもならない。課題はいっこうに進む気配もない。
涼しくてのんびりできるのは良いんだが、何もする事がないのも事実なのだ。…仕方ない、古泉の所でも行ってくるか。
「古泉、いるか?」
コンコン、と扉をノックすると、すぐに開いた。
「どうしたんですか?」
「いや、何してるかな、って思って」
「…そうは言いますけど、その手の課題はなんですか」
「バレたか」
最初からその気だった俺はにやりと笑った。古泉も若干呆れ気味ではあるが、笑う。
「どうぞ、入って下さい。飲み物くらい出しますよ、何がいいですか?」
「じゃあ麦茶」
そう言うと古泉は冷蔵庫に向かって行った。ホントになんでも揃ってるんだな。
「まあ、コーヒーと紅茶とお茶くらいは」
「ふぅん、サンキュ」
茶を受け取りつつ課題を広げる。一人でやるよりは二人でやった方が良いしな。
「あなたって応用とか苦手ですよね、基本はちゃんと出来てるのに」
「あー…どこにどう方程式をあてはめればいいかわかんなくなるんだよなー…」
「ああ、それならこう覚えれば良いんですよ」
さらさらとノートに式を書く古泉の手もとを覗き込む。うわ、指長い。細い。
ふいに古泉がじりじりと距離を取る。なんだ?どうした?
「いえ、あの…」
何故かわたわたとすると古泉は立ち上がってどこかへ行き、持って来た物を俺に被せた。古泉のシャツか?
「クーラーが効いてるのにそんな格好じゃ体に悪いですよ」
そう言った古泉の顔がほんのり赤いのは気のせいだろうか。まあクーラーが効いてるのにノースリーブはさすがにまずいか?
別に部屋に取りに戻っても良かったのだが、面倒だ。それに古泉が貸すっていうんだ、ありがたく借りておこう。
羽織ってみたのはいいが、やはり若干でかい。くそ、やっぱ8cmの差はでかいのか?
「ムカつく…」
「え?」
「お前のがやっぱりでかいんだな、って話だよ」
「ああ…まあそれは、体格差というものがありますから…」
ふーん、そんなもんか。とかなんとか返事をしつつ、古泉の手を引っ張る。
「え…!?」
わたわたする古泉を放っておいて、俺は手のひらを合わせた。…くそ。
「やっぱりお前のが手もでっかいでやんの。…靴のサイズもお前のがでかいんだろ」
「そ、そうですかね?」
「…というかお前、何をそんなに動揺してるんだ」
「え、いえ!してませんよ動揺だなんてっ」
いや、してるだろ絶対。
「っ…あ、あのっ、もうすぐお昼ですし、折角ですから外に行きませんか?」
話をはぐらかそうとしている。…でもまあ、外で食べると言うのは悪く無い。
「…いいぞ」
頷くと古泉はあからさまにほっとした顔をした。
それでは準備もあるでしょうから、また後で、と古泉とはそこで一旦別れた。
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