「ここがあなたの育った土地なんですね」
駅から外に出た古泉は、どこか感慨深そうに呟いた。
「すごい田舎だろ。何もないからそのうち暇になるぜ?」
「いえ、こういうのも新鮮で、楽しいですよ」
と、古泉は笑った。嫌味に聞こえそうなもんだが、不思議とそう聞こえないのは、こいつが本当に楽しそうに笑っているからだろうか。
「キョンくーんっ!」
遠くから俺を呼ぶ幼い声がした。妹だな。
「キョンくんおかえりっ、おみやげはぁ〜?」
「後でな。ほら、先に挨拶は」
促すと妹はお辞儀しながら自己紹介した。
「僕は古泉一樹です。よろしくお願いしますね」
「うん、いっちゃんだね、よろしくっ」
いっちゃん?と古泉が首をかしげる。
「ああ、こいつあだ名を付けるのが好きなんだよ。俺はキョンで、お前は一樹だからいっちゃん」
なるほど、と古泉は頷いた。少し遅れて叔父夫婦も現れた。
「…お帰り、キョンくん」
戸惑う俺に、叔父がぎこちない笑顔で言う。
「……ただいま」
そう素直に言えたのは、古泉が一緒にいてくれたからかも知れない。
久しぶりの我が家は、殆ど変わっていなかった。俺の部屋は掃除はされていても、出ていった時そのままの姿だった。
「…良いご両親ですね」
「…そうだな」
思わず微笑みながら頷いた。
「ちゃんと、話し合うよ。どうして俺が家を出たのかとか、これからのこととか」
そうですね、と古泉が頷いて、下から呼ばれたので階段に向かう。
「…折角お前らに出会えたんだから、今の学校を辞める気はないけどな」
「え…?」
驚いたように聞き返す古泉を無視して、俺は母さんのところへ行った。あんな恥ずかしいセリフは一回で充分だ。
「父さん、母さん、話があるんだ」
妹が寝たあと、古泉を伴って俺は下に降りた。
「…長話になるのかい?」
「…多分」
「そう、じゃあ、お茶を入れてくるわね、四人分」
そう言って母さんは立ち上がった。手伝うよ、と俺も後を追いかける。古泉と父さんを置いて行ってしまうが…まあ問題はないだろう。実際戻って行った時には和やかに談笑していた。
「何話してたんだ?」
「あなたの向こうでの様子ですよ、随分心配されていたみたいですから」
「元気にやってるみたいで、安心したよ」
向こうでの様子…って、どこまで話したんだよ、お前。
「もちろん、姫制度の事もお話ししましたよ。最も、あまりその必要もありませんでしたが」
「どういうことだ?」
俺は首を傾げた。
「涼宮ハルヒくん、だったかい?あの子がね、月一回、キョンくんの事を報告してくれてたんだよ」
「ハルヒが?」
「ええ。…わたしたちの家庭が複雑なのを、知って、気にかけてくれたんじゃないかしら。毎月ね、沢山の写真と、あなたの様子とか、成績を書いて送ってくれてたの」
あいつ、そんなことしてたのか。
「ええ、僕も先ほどお話を聞いて始めて知りましたよ。そう言う所を隠すのは、実に涼宮さんらしいですが」
「そっか」
じゃあ、なおさらちゃんと話して、新学期に向こうへ戻らなきゃな。
「…まず、さ。俺がこの家を出た理由だけど…この家が嫌いになったわけでも、父さんや母さんを嫌いになったわけでもないんだ」
それはわかっている、と二人とも頷いてくれた。
「妹に、まだ、知られたく無かったんだ。もっとちゃんと、色々受け入れられる年になってから、知って欲しいと思った。…ごめんな、二人ともちゃんと、父さんと母さんなのに、今更俺が、不安になったから…」
いいんだよ、と父さんが言って、俺の肩を叩く。母さんも、穏やかに微笑んでいた。
「…それで、親不孝なこと言うようで悪いけど…俺、まだこの家に戻る気は、ないんだ」
「うん」
「今の学校が、すごく楽しい。姫なんてことやらされてるけど、意外と楽しくなってきたんだよ。それに、自分が必要とされてるって、すごく実感出来てるんだ。…だから、どうかあの学校に行かせて欲しい」
「僕からも、お願いします」
驚いた事に、古泉までもが頭を下げていた。なんで、お前まで。そんなことしなくても良いだろ。
「でも僕も、あなたに止めて欲しくは無いんですよ」
「…二人とも、そんなに畏まらなくてもいいよ」
父さんは穏やかに笑いながら俺たちに優しく声をかけた。
「最初から、そのつもりだよ。キョンくんが楽しくやれてるのは、知っていたから」
「それに、こんな良いお友達も出来たんだから。…しっかり楽しんでいらっしゃい」
古泉の前だけど、じわりと涙が浮かんで止まらなかった。ありがとう。父さんと母さんの子どもで居られて、本当に良かったと思う。
「もう帰るの〜?」
「ああ、また冬休みに帰ってくるから」
「気をつけてね。ちゃんと勉強するのよ?」
「うん、解ってる」
「色々大変だろうけど、時々は愚痴でも良いから電話してきなさい」
「…うん」
駅で見送られるのは、なんだか気恥ずかしい、と思う。でも、これはこれで新鮮で、嬉しい、とも感じる。
「キョンくん」
古泉が呼んだと思ったら、車掌が笛を鳴らした。もう、行かなきゃな。
「じゃあ、また」
「…またお兄ちゃんになるんだから、しっかりね!」
え?と聞き返す間もなく、ドアが閉まった。またお兄ちゃん、って。
「…おめでとうございます、お兄さん?」
古泉がからかうように俺に笑いかけた。ああ、そうだよなあ、普通そうなってもおかしく無いよな、父さんも母さんも、良い年なんだから。
まあこれも、ある意味夏の思い出、か?
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