朝早くから俺たちは学校に集まっていた。まあ、それもそのはずだ。
何せ今日は文化祭本番なのだ。学校の正門が開くまでに色々やらなきゃならんことはある。
今日やる生徒会主催の劇のリハーサルを済ませた俺は、アリスの衣装に着替えると自分のクラスへ向かう。同様に古泉も女王の衣装に着替える。
ハルヒもチェシャ猫の衣装に着替えるらしい。ちょっと色合いが目に痛いがハルヒにはよく似合っているだろう。帽子屋の長門も本を片手に紅茶を飲むとか、似合いそうじゃないか。
「どうだ、準備の方は」
「ばっちりだぜ。食材もみーんな揃ってるしな」
クラスで休んだ人間も今の所いないらしい。よしよし、行けそうだな。
「そこでだ、キョン」
「あ?」
「折角だから、みんなを盛り上げるために、姫から一言くれないかな?もちろん、古泉くんも。それから、涼宮くんにも一言貰えると嬉しいんだけど」
古泉ははい、とすぐに頷いたのだが、ハルヒがぽかーんとしている。どうした?
「いや、だって…俺が?」
「うん。今回衣装も沢山作ってくれて、頑張ってたよね。だから、みんなに一言欲しいな、って」
「そ、そっか…うん、わかった」
ハルヒはどうやら照れているらしく、複雑そうな表情をしていた。頼まれて人前で話すなんて、滅多にないのかもしれないな、これは。
「ありがとう。…おーい、みんなー!」
国木田がクラスメイトを呼び集める。ぞろぞろと集まる中、おお、と歓声が上がる。
「うん、姫が可愛いのはわかるけど、静かにしようね」
「折角話してくれるんだ、ちゃんと聞きたいだろ」
ちょっと違うが、まさに鶴の一声!ってやつだな。みんな静まり返りやがった。
「…この日までみんなで頑張って来たんだ、最後までがんばろう!」
「僕たちのやっていることなんですから、失敗なんて絶対にありません。あとは最後まで力を出し切るだけです」
そして、みんなの注目する中ハルヒが口を開く。
「…オレがやったことは、ただ好きな事をやってただけだと思う。衣装を作って、みんなで騒いで。この数日間、本当に楽しかった。その成果が、実を結ぶ時なんだ。最後まで、精一杯楽しもう」
おおー!とみんなが腕を振り上げる。
ポン、ポン!と入場開始を知らせる花火が打ち上げられた。さあ、ここからが正念場だ。
「…さて、そろそろ時間ですね」
「あ、そうか。劇の時間だな」
午前中、看板を担いでクラスの宣伝に回っていた俺たちだが、まあそれはそれで色々とあったもんだ。思いもよらない来客とかな。
気がつけば三時を回っている。開演は四時からだからな。急ごう。
「朝比奈さん!」
「あ、はい!」
途中で見つけた朝比奈さんと鶴屋さんを拾って、体育館へと向かう。舞台裏に入ると、衣装に着替える。まあ今のも十分衣装なんだが…。
「セリフは?」
「大丈夫だ、ちゃんと覚えてるよ」
ならよし、とハルヒがさって行く。それと同時にオレはガラスケースに入り、寝そべる。…間違って本気で眠らなきゃいいんだが。
『ただいまより、生徒会主催の演劇を始めます。演目は『姫様の冒険』です』
喜緑さんの声とともに、拍手が沸き起こると、幕が開いた。
ここからのナレーションは朝倉である。
ある所に、赤ずきんという名の可愛らしい女の子がいました。
赤いフードを被った女の子なので赤ずきんと呼ばれていましたが、それはそれはとても可愛らしい女の子です。
赤ずきんはある日、お母さんに頼まれてお城を訪ねるために森を歩いていました。
「お城、お城…お城って、どう行ったらいいんでしょう…」
赤ずきんは道がわからず困っているようです。
おや?赤ずきんに近づく人がいます。どうやら狼のようです。
「あれ、赤ずきん、どうしたんだ?」
「お城に行きたいんですけど…道がわからないんです」
「お城かあ…」
「知ってるんですか?」
「知ってるさ、でもただではなぁ…」
と、狼は赤ずきんに物を強請ります。あわよくば、赤ずきんを食べようと言う魂胆のようです。
「わかりました。じゃあ…」
赤ずきんは狼の要求に応じようと何かを取り出します。そして
ガチャ
「銃弾でよければいくらでもくれてやる」
「ひ、ひぃいいい!」
赤ずきんに銃を突きつけられた狼はたじたじです。赤ずきん、可愛いだけではなく、勇敢でとても強い女の子でした。
「わ、わかりました!お城の道を教えます!だからどうか命だけは…!」
「とっとと吐くんだな」
「はいいいいい!」
そうして赤ずきんはお城への道を狼から聞き出す事に成功しました。
再び幕が降りて、場面が変わる。
先ほどのシーン、観客から大きな笑いが起こっていた。成功だったみたいだな。
朝比奈さんの腹黒ずきんが上手くいったおかげだろう。朝倉にびしばし指導されてたからな、あれ。
まあ、もしかしたら谷口演じる狼のやられっぷりも良かったのかもしれん。…さて、俺の出番だな。
「えーっと、お城への道は小人さんに聞けば良いんですね…小人さん、どこなんでしょう?」
赤ずきんはのんびりと道を歩いて行きます。銃を片手に持ったままなので、他の旅人などに襲われずに済んでいるようです。
「あ、キノコのお家…あれかなぁ?」
と、小人の家らしきものに赤ずきんは近づいて行きます。
すると、泣き声が聞こえてきました。
「小人さん、どうしたんですか?そんなに泣いて」
「白雪姫が死んでしまったんだ…あれほど魔女から物を受け取ってはならないといったのに…」
「白雪姫は毒リンゴを食べてしまったのです」
赤ずきんは少し考えましたが、自信満々に言いました。
「任せて下さい!ここんとうざい、毒への対処法はキスと決まっています!」
そこ!安直とか突っ込んじゃいけません。
しかし周りは朝比奈さんの古今東西がひらがなだったことにも、キスでいいのかということにも突っ込まない。むしろ、本当にキスをするのかどうか期待しているらしい。
キス?するかそんなもん。フリだ、フリ。
ガラスケースの蓋があいて、朝比奈さんが俺に顔を近づける。といっても気配で分かるだけだが。
すると、朝比奈さんがぼそりと小声で俺に告げた。
「ごめんなさいキョンくん、涼宮さんの命令なんです…!」
ん?と思う暇もなく、俺の唇を何かがかすめて行った。ちょ、ちょっとまて!?
驚いて演技も忘れて俺が飛び起きると、観客たちからおおー!と歓声があがる。おっと、驚いてる場合じゃない、今は演技だ。…朝倉が睨んでるからな。
「え、っと…ここは?」
「白雪姫!目覚めたんですね!」
「やったー!白雪姫が生き返ったぞー!」
「…俺は、死んでたのか?」
「魔女さんの毒リンゴにやられていたそうです」
「あなたは?」
「赤ずきん、って言います」
「この方が白雪姫を助けてくれたんです」
そのことに恩義を感じた白雪姫は、赤ずきんの旅の同行を申し出ます。赤ずきんはそれを快く了承し、小人たちに盛大に見送られながら二人で再び旅に出ました。
再びの場面展開である。ハルヒのやつ!何を考えてるんだ!
「だってホントにやった方が迫力あるだろ。ってことで一つよろしく」
何がだ!
「いばらのお城…ですか」
「この辺りでお城っていうのはそれしかないですから。この城も魔女によって呪いが掛けられてます。怪我しないように注意して下さい」
勇敢な白雪姫が剣を片手に先頭に立ち、襲い来るいばらを打ち払います。
城の中に入ると、そこはすべてが眠りについていました。魔法を掛けられた姫はお城の一番上に眠っています。
なんとかたどり着いた二人でしたが、魔法を解除する方法がわからず、途方に暮れてしまいます。
「やっぱりここは、ここんとうざいの秘技、キスが一番です。白雪姫さん、お願いします!」
「(やっぱり俺がやるのか…)わかりました、やってみます」
俺はそろそろと古泉…もとい眠り姫に近づく。とここでナレーション。
『この魔法はとても強く、熱烈なキスでないと姫は目覚めません』
いらんナレーションをいれるな!
…ああくそ、熱烈な、なんて知るか!ちょっと口を引っ付けたらそれで終わりだ!ええい、ままよ!
と俺は決意して目を閉じ、古泉にキスをした。さて離れるか、と思ったのだが。
「んっ!?」
観客から見えない方の手ががっちりと俺の腕をつかむ。なにしやがる!と抗議しようとして、舌が口の中に入って来た。ちょ、ちょっと待て!なんだこれ!?
「ん、ん!…ふ、ぁ…っ…んんー!」
抗議の声を上げようにも口が塞がれていては出来ない。…いつの間にか会場まで静まり返ってるじゃねえか。
「ぷはっ」
「ん…あれ、ここ、は…?」
この野郎涼しい顔して目覚めたフリしやがって!
「こ、ここはあなたのお城なのですっ、眠り姫さんっ」
「お城…私、呪いのせいで100年も眠っていたんですね」
『と、その時、お城の呪いが解け、お城が美しい姿に戻って行きます』
スポットライトが背景を照らし出し、壁紙がめくられると、美しい城の背景が現れた。
「よくやった、赤ずきん」
「お母さん!」
「わたしはこの城に使えていた魔法使い。こうして呪いが解けるのを待っていた」
「君たちがこうして城の呪いを解いてくれたのかいっ?」
『王様も現れました』
ちなみに赤ずきんのおかあさん兼魔法使いが長門で、王様は鶴屋さんである。…髭、似合いますね、鶴屋さん。
「感謝の気持ちを込めて、今日から君たちもこの城の一員に迎えようじゃないか!」
あっはっは!と鶴屋さんの声が響き、最後のナレーションが入る。
『こうして、赤ずきん、白雪姫、眠り姫はお城で仲良く暮らしましたとさ。おしまい』
歓声が上がると同時に、幕が閉まって行く。最後に全員で舞台に並び、お辞儀をする。再び頭を上げたときには幕は完全に閉まっていた。
「大成功!しっかし古泉くん、よくやった!念のためキョンだけじゃなくて古泉くんにもちゃんとキスするよう言っといてよかったなー」
「いえ、それほどでもありませんよ」
その言葉を聞いたとき、何故か胸が痛んだ。なんだ?
「あ、あの、キョンくん、本当にごめんなさい…」
「…いえ、良いんですよ、ハルヒから命じられてたんでしょう?それに、演技の一環じゃないですか」
何故か自分で言いながら俺はむかむかしていた。考えるのは、古泉も、ハルヒに命じられたから、演技の一環だから、あんなことをしたのか?ということばかり。
「あ、こらキョン!どこに行くんだよ?」
「着替えだ」
ハルヒの顔も見ず、俺は控え室に引っ込んだ。頭から冷水を浴びてしまいたい気分だった。
しっかりしろよ、俺。なんで古泉のことなんか、気にしてるんだ。
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