どこかもやもやとした気持ちを抱えながら、ついに文化祭は最終日を迎えていた。
午前中はクラスの手伝い、午後からは姫の仕事だ。今日はオリエンテーリングとか言ってたか?

「キョン!」

そんなことを考えていたら後ろから懐かしい声が聞こえた。

「久しぶり。とは言っても数ヶ月前に一度会っているけどね」
「佐々木か。ん?今日は一人増えてるみたいだが…」
「ああ、彼かい?」

休みの日なのだが、佐々木たちは制服を着ている。恐らくは校則なんだろうな。
ただしそいつは佐々木たちと同じ制服を着ているように見えなかった。態度の違いか?少なくとも佐々木達のようにリボンタイはしておらず、ボタンも数個外して制服を着崩している。

「馬鹿馬鹿しい、姫制度なんて」

そいつは吐き捨てるように言った。

「そうかな?僕は中々楽しくて良いと思うよ。君も着させて貰ったらどうだい?パンジーくん」
「誰が着るか!そして誰がパンジーだ!」
「大丈夫大丈夫。誰も君がこう見えてパンジー好きだなんて言いふらさないから」

いや、充分言いふらしてるだろ。

「誰がパンジー好きだ!!俺とお前が合ったのがパンジーの花壇の前だったってだけだろうが!」
「まあそういう事実もあるかもしれないね」
「最初からこの事実しかない!」

この人をからかうのが好きな性格、変わってないみたいだな。

「橘!意味もなく周りを威嚇するな!周防!いきなりどっかと交信を始めるな!不審がられているだろうが!」
「あ、キョン。中に入ってもいいんだよね?」
「佐々木!お前は一人で勝手に行動するな!せめて全員来るのを待て!」

…パンジーさんとやら、中々の苦労人らしい。

「…藤原だ。…胃が痛い…だからこいつらと一緒に行くのは嫌だったんだ…」

ブツブツと呟く藤原が可哀想に思えて来た俺は、少しだけサービスしてやろうと思った。










姫の仕事があるから、と佐々木たちと別れた俺は集合場所へ向かった。朝比奈さんと古泉は既に来ていた。

「悪い、遅れたか?」
「いや、大丈夫。何かあったのか?」
「ああ、佐々木たちが来てて」
「あ、あの時の人たちですか」
「ふぅん。…じゃ、説明するから着替えながら聞いてくれ」

ハルヒの言葉に従って聞いた説明は以下の通りである。
参加者にはカードが配られ、チェックポイントでスタンプを貰う。ただし試練を乗り越えないとスタンプは貰えない。
試練は朝倉のクイズ、喜緑さんとのチェス、将棋、オセロのどれかによる勝負、長門のマジッククイズである。
そしてこの3つの試練以外に姫からキスのスタンプを貰う必要がある。
合計6つのスタンプを手にいれた人間に、賞金10万円と姫から頬にキスのプレゼント。
…と言うことらしい。

「で、カードはこんなの。これを一般、生徒問わず持ってくるから、捕まったらちゃんとキスのスタンプすること。スタンプ用の口紅はこれ」
「…多すぎないか?」

じゃらじゃらと渡された口紅を見て俺はそう言う。するとハルヒはちっちっち、と言いながら人差し指を振る。

「慣れてないと出しすぎてぽっきり行くんだよ。それに今回参加者多そうだしな」
「マジか」
「大マジ。ほら、見えるか?」

とハルヒは運動場を指差す。…はぁ、なるほど。

「凄い人の量ですね。全部が参加者の方ですか?」
「そのはず。…お、そろそろ始まるから逃げた方がいいぜ」
「あわわっ、はぁい!」

捕まってなるものか、と思ったのか朝比奈さんは一目散に逃げ出した。俺もどっか行くか。

「じゃ、お前も頑張って逃げろよ」

とだけ古泉に声をかけて、その場を離れた。




「キョン姫発見!!」

おわ、早速見つかったか。逃げるのも正直面倒なので俺は立ち止まる。どうせ紙に口紅ひっつけるだけだしな。

「スタンプお願いします!」

そう言った男どもの目がハートマークに見えるのはもう俺の気のせいということにしておこう。じゃないと気持ち悪すぎる。
ちょっと待って下さいね、と声をかけて俺は口紅と小さな鏡を取り出した。また口紅というのはやっかいで、はみ出さないように塗るのが難しい。こんなことなら長門にでもメイクの仕方を教われば良かったな。

「…あのさ…」
「あ、ああ…」
「なんか、口紅塗ってる姿ってすごく色っぽくないか…?」
「俺も今そう思ってたんだよ…男だってわかってるのにときめくよなぁ…」

男だってわかってるんならときめくんじゃない。はい、カードを貸して下さい、と言ってカードを開けてキス。完了。

「それじゃ、他の所も頑張って下さいね」
「あ、あの!」

まだ何かあるのか。

「…投げキッスとか、してくれません?」

お前らはどこの変態だ。いや、まあここの特殊性も随分慣れはしたが。溜息を尽きたくなかったが、何も言わず笑顔で投げキッスしてやると、しばらくそいつらはぼーっとしていたので、もういいか、とばかりに俺はそこを離れた。
さて、古泉と朝比奈さんはどうしているんだろうな、なんて思っていると、

「お、追いかけてこないでくださぁぁああああいっ!」

なんて悲鳴と大勢の走る音が聞こえた。…朝比奈さんだな。
どうやら隣の棟にいるらしい。そう思っていると、丁度目の前を朝比奈さんが通って行った。…意外と足が速い。

「どうしてぼくを追いかけてくるんですかぁ〜〜〜!?」

そりゃ、逃げるからじゃないですか…。と、ここで言っても届かないんだが。
まあ朝比奈さんのこの様子も少々は予想していたことだ。ならば、多分古泉も予想通り逃げもせずに対応しているんじゃなかろうか。
そして間もなく終了時間の四時が近づいて来ていた。やれやれ、クリアできるやつはいたのかね。
すると、ピンポンパンポーン、とスピーカーが軽快な音を立てた。

『ここで最後の30分特別ルールっ!』

ハルヒの声が聞こえてきた。特別ルール?何するつもりだ。

『クリアしてる奴がいない今、姫の唇を直接奪った奴が褒賞金10万ゲットぉーっ!』
「はぁっ!?」

なんだって!?

『殴るとか蹴るとか姫を傷つけなきゃ何やってもOK!』

んなわきゃねーだろっ! ああでもまあ10万貰えるとしても男とキスなんて…
そう思った俺は浅はかだったようだ。

「キス…」
「姫とキス…公認で…!」
「その上10万…!?」

…う、まずい。周りの空気が…。
俺は一目散に走り出した。それにしたってうちの生徒だけならまだ解るんだが、なんで一般客まで最後の特別ルールに参加してるんだよ!嫌だろ普通!
可愛い女に見えてるかも知れんが俺は男だ。つまり同性は却下。女でも女装した男とキスなんて普通は遠慮したいだろうが!
前から思ってはいたが…

「やっぱりおかしいだろこの学校ぉぉおおおっ!!」

最早全力疾走である。歩いていられる訳がない。何せ後ろから大量に追いかけて来るのだから。
…そういえば朝比奈さんは無事だろうか。あの方は体力なんて無いから今頃…。いや、縁起でもないな。
古泉はどうだろう。あいつはああ見えて体力も筋肉もあるから上手くすり抜けてるかも知れんな。俺もこの状況を早くなんとかしたいんだが。

「キョン、こっち!」
「え?うわっ」

声が聞こえたと思ったら、ある教室に引きずり込まれていた。誰だ?

「僕だよ。嫌だな、わからなかった?」
「あ、ああ…佐々木か」

俺はほっと息をつく。後ろには藤原たちもいた。

「それにしても災難だったね」
「ああ…何考えてんだハルヒの奴」
「そうだよね、キョンも迷惑だよね」

俺は頷いた。俺たちが逃げ切る自信があったからこそ言い出したんだろうが、それにしたってむちゃくちゃすぎる。

「でも、このまま三十分も逃げ続けるなんて無理じゃない?ここに匿っていられるのもそう長くないし」
「そうだな…」
「誰かとキスしちゃうのが一番早いと思うんだけどな。たとえば僕とか」

…は?
佐々木の後ろで「佐々木(さん)!?」と藤原と橘がわめいている。いや、今、なんて?

「他の誰かにキスされるよりは、顔見知りの僕にされた方が良いよね」

いやいやいやいやちょっと待て!そういう問題でもないんだよ!
しかし佐々木は俺の叫びを無視して顔を近づけて行く。…もしかして最大のピンチか?
うわ顔が近い顔が近い顔が近いっ!仕方なく俺はぎゅっと目を瞑った。
バチン、と何か場違いな音がした。恐る恐る目を開くと――――
下敷きに顔を叩かれてうめく佐々木の姿があった。

「何をしてるんですか」

誰だこの声は。一瞬そう思うくらいには怒りに満ちた低い声だった。

「…やってくれるね、古泉くん」

古泉!?驚きはしたものの、恐ろしくて振り向けない。

「それはこちらのセリフですよ、助けるフリをしてまさかそう来るとはね」

ってお前最初っから見てたんじゃねーか!

「フリじゃないさ、実際助けたには違いないんだから」

ねぇキョン、と佐々木は笑顔で同意を求めるが…頼むから空気を読んでくれ!後ろで橘と藤原と周防が…って周防はいつものことか。とにかく関わり合いになるまいと退いてるじゃないか!藤原なんかまた「胃が…」って呻いてるぞ!

「あなたなんかに彼は渡しません」
「ふぅん、じゃあ、どうするのかな」
「こうします」

え?と思ったときにはもう遅く、古泉は俺の顎を捕らえていた。端正な顔立ちが1センチも離れていない場所にある。つまり今、俺は再び古泉にキスされている。

「ふ…っ…ん、んんー!」

ぐっ、と古泉を押し返そうとするけれど、それよりも俺を引き寄せる力のが強い。歯がぶつかり合うくらい口づけられて、俺は空気を欲して口を開く。するとすぐに舌が入り込んで来て、やっぱり息ができなくなる。お前な、俺を殺す気か…!いや、鼻で呼吸すればいいんだろうが、やり方を忘れてしまったように息ができない。

「ん、ん…っ…は、ぁ…っ」

古泉の手から解放された頃には俺は腰砕けになっていて、古泉に支えられてやっと立てる状態だった。

「それじゃあ、僕たちは失礼させてもらいます」

ひょい、と俺を抱きかかえると古泉はそのまま教室から出る。もちろんキスを狙う生徒&一般客が待ち構えていたのだが…皆古泉を見て一様にして去って行く。うん、俺も凄く逃げたい。

「…あなたは無防備すぎます」
「な、んで俺がお前に怒られなくちゃならないんだよ!おろせ!」
「おろして差し上げても良いですが歩けますか?」
「そっちより俺の質問に答えろ!」

本来なら怒るのは俺の方だ。一度ならず二度までも、いったいどういうつもりでキスなんかしたんだよお前!

「あなたのことが好きだからですよ」

…え?

「この際だから言わせていただきますが、僕はずっとあなたが好きだったんですよ」

俺は一瞬意味がわからず、ぽかんと古泉の顔を見つめた。































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