翌朝、長い長い坂をのぼりつつ、俺は深い溜息をついた。どうやら昨日のうちに俺の不本意なあだ名と姫の話が広まっているらしく、朝から「キョン姫〜」だの「キョンちゃん姫のおしごと頑張ってね〜」だの言われまくっている。男に応援されても嬉しかねーよ。
「寮制の男子校というのは結構狭い世界ですからね。その上姫の事ともなれば、多分もうあなたの事を知らない生徒は居ないと思いますよ」
そう言う古泉もさっきから「一樹ちゃーん!是非そのスマイルを!」だの「いっちゃんも継続で姫がんばってね〜」など言われている。一々ちゃんと笑顔で返してやるのだから、こいつも律儀だと思う。
「涼宮も朝から張り切って学校へ行った。恐らくは衣装を今頃作っていると思われる」
「ふぇ〜…今回、何を着させられるんでしょう、ぼくたち…」
朝比奈さんはさっきから男子生徒にセクハラ気味のスキンシップをかまされ、息も絶え絶えである。すみません、いくら約束しても俺はあのムサい集団には勝てません。
唯一ずっと涼しい顔をしているのは長門で、しかしその長門も「長門様!おはようございます!」などと声をかけられている。お前、結構な人気あるんだな、昨日も思ったけど。
「涼宮や鶴屋と知り合いだから」
「でもさ、それだけならこんな尊敬されないって。やっぱりお前の人望があるんだよ」
「…ありがとう」
長門はほんの少しだけ、照れたようにはにかんだ。やばい、こっちのが照れる。
「すみません、皆様!」
一際大声で駆け寄ってくる人物がいた。あ、たしか生徒会室の扉開けてた奴のうちの一人だ。
「どうした」
「涼宮様が早急に皆様においでいただきますように、と。特に、キョン様に」
あだ名で様って言われんのすっげー微妙だなぁおい。まあ、ハルヒがそう言うんだ、行かなきゃこいつが可哀想だ。
「わかった。場所は生徒会室で良いんだな?」
「はい。鶴屋様もいらっしゃいますので、あとは鶴屋様にお尋ね下さい」
「ああ。わざわざご苦労さん」
「いえ。…それでは」
そいつは再び足早に学校内へ入って行く。大変だなぁ、朝から行ったり来たり。
「まあ、彼らはそれが仕事ですから」
「我々も急ぐべき。涼宮が怒り出す前に」
確かにそれはそうだ、と長門の意見に頷いて、俺たちは少しだけ早足で生徒会室へ向かった。
「おっそーい!」
言うと思った。しかしこの声はハルヒでなく鶴屋さんだが。
「あっはっは、似てたかいっ? ハルにゃんなら奥でまってるさっ、早く行かないと色々されちゃうにょろよ〜?」
色々ってなんですか色々って!
しかし突っ込んでも意味がなさそうなので俺は素直に従うことにした。ハルヒを怒らせても仕方ないからな。
長門先導の下、俺たちは何やらやたらと機械の置いてある所に来ていた。ミシンが置いてあるのだが、どう見ても普通のミシンじゃない。PCのデスクトップには服のデザインやら型紙やらが浮かんでいて、更にそれを印刷するのであろうばかでかい印刷機が置いてあった。なんだこれ。
「オレのアトリエ。まあ仕事場ってやつ。さ、ちゃっちゃと入って」
ハルヒは眼鏡なんかかけてデザイン画とにらめっこしていた。まさかそれ、俺らの衣装か?
「そ。今回はお披露目っつーこでスタンダードにゴスロリ。みくるちゃんがパンツスタイル、キョンがミニスカ、古泉くんが和ゴス」
ぺんぺんぺんっ、とそれぞれがデザイン画を渡される。朝比奈さんのはカボチャタイプのショートパンツにクラウン。王子様っぽい。ネクタイをわざとリボン結びにしてあって、色は白とピンクが基調。
古泉のは着物を基調としてはいるものの、帯はコルセットのようなものだし、さらにフリルがふんだんに使われている。スカートの丈はロング。黒と赤が基調。
そして最後に俺はハルヒの言った通りのミニスカート丈の服。フリルのブラウスにフリルのミニスカート。胸元に大きなリボン。そしてヘッドドレス。色は黒と白。
ちなみに俺と朝比奈さんはオーバーニーソックスを着用。三人とも靴は厚底。古泉だけ雪駄だけどな。
「はい、つーわけでキョン」
ちょいちょい、とハルヒに手招きされる。なんだ?
「うぉりゃっ!」
「ぎゃっ!?」
近づいた瞬間目にも止まらない早さでブレザーをひっぺがされた。
「な、何すんだ!」
「脱げ」
「は?」
「いいから脱げ」
えっと、ハルヒさんにじり寄らないで頂けます? つーか目が据わってる!かんっっぺきに据わってるから!!
「有希」
「わかった」
「うわ、ちょ、長門?!」
がしりと後ろから長門に羽交い締めにされる。えーっと、このパターンどっかで…。
「さ、キョン。覚悟してもらおうか…」
結局俺はハルヒと長門の手に寄って下着姿にまで剥かれてしまった。散々抵抗を試みてみたりしたのだが、長門は力が強い。それどころか、どこを押さえれば身動きがとれなくなるか熟知しているらしい。何者だよお前。
「キョン、ちょっと顎ひいて、背筋伸ばして。あ、古泉くんとみくるちゃんも後で測るから」
長門とハルヒの二人掛かりで今俺は採寸されている。それならそうと早く言え!
「へえ、じゃあなんか別の事と勘違いしてた訳?うっわ、健全な性少年だねぇ」
「うるさいっ、ただでさえお前らちょっとした雰囲気が妖しいんだから仕方ないだろ。それに男子校だからそれくらいありそうじゃねえかよ」
「ないとは言わない」
不穏な一言を長門が呟いた。あ、そう。やっぱり。
「…ふーん、やっぱ実際細いなー。これなら服着てた方ががっしり見えるな」
「そう言う古泉は案外着やせするよな。もっと細くてもいいくらいだと思ってたんだが…」
それを考えると古泉はほんと顔だけで姫役に選ばれたんだな、と思わざるを得ない。あれか、厚底履かなくても良いし多少体型誤摩化せるから和服なのか?
「正解。よくわかってんじゃん」
ハルヒが嬉しそうににっ、と笑った。ふぅん、ホントに好きなんだな、こういうの。
「まあね。着せ替えとか楽しいじゃん。まだまだいっぱいデザイン案溜め込んでるんだぜ?」
「手先は器用そうだと思ってたが、長門もこういうの好きなんだよな?」
こくり、と長門は頷く。
「デザインをどうこう、よりも作る方が好き」
「細かい仕事、好きか?」
再びこくりと頷く長門。
「長門さんは自作のパソコンとか持ってて、凄いんですよ。彼の部屋、いっぱい機械がおいてあって…ぼく目を回しちゃうかと思いました」
と、朝比奈さんはその時の事でも思い出したのか、今にも目を回しそうな顔で言った。
ちなみに朝比奈さんは外見通り割と細い体をしていた。違うのは…っと、下ネタ厳禁。
「あと、本が沢山あるんだぜ。有希は読書家だから」
「へえ、そうなのか」
「…あなたは読書、好きか?」
「ん?結構好きだな。なんかオススメのあったら今度貸してくれ」
「わかった」
頷きながらぽふぽふと頭を撫でられる。なんか、ホント頭撫でるの好きだな、お前。
「ほい、キョンの採寸終わり。もう服着ていいよー」
「で、古泉たちも測るのか」
「まぁね。ほら、成長してるとまずいしさ。…あ、やっぱり古泉くんちょっとでかくなってる」
「筋肉ついちゃいましたかね?」
「そうかもね。身長も…ちょっと伸びてるかな?」
羨ましい事だ。これ以上でかくなるなよ、ムカつくから。
「と言われましてもね。まあ僕も、これ以上背が伸びるのは少し避けたい所なんですが」
「ぼくは羨ましいです…。朝倉さんみたいに背が大きくなりすぎて姫が出来なくなればいいのに…」
「みくるちゃんは無理でしょ」
すぱっ、とハルヒに言われ、朝比奈さんはあうう…と机に突っ伏していた。南無。
それにしても、古泉は姫が嫌じゃないのか、意外だな。
「ええ、すっかり慣れてしまいましたし、今はあなたという人もいます。折角姫のことでお知り合いになれたのに、ここで姫が出来なくなると僕は関われなくなりますからね」
生徒会の人間でもありませんし、あいにくと裁縫も苦手です、と古泉は肩を竦めてみせた。
「…よし、採寸終わり!」
古泉の話を聞いているうちに朝比奈さんの採寸も終わったらしい。ハルヒが巻き尺を仕舞っていた。
「さっ、俺の用は終わったし、もっかいつるにゃんとこ行ってきてよ。まだ用事あるから」
再びハルヒが作業に戻ったため、俺たちは長門に背を押されるようにしながら再び生徒会室に戻ることになった。
「お待ちしてました」
「ここからは僕らが引き受けるから」
生徒会室で待っていたのは、笑顔の喜緑江美弥さんと、不敵な笑みを浮かべた朝倉涼の二名だった。
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