「…無駄に空が青いぜ…」
「いっその事雨が降ってくれたら…」
「そんなこと言ってても仕方ないじゃありませんか。もう会場に来てしまってるんですから」
顔を見合わせて嘆く朝比奈さんと俺に、古泉は半ば呆れたように突っ込んだ。
わかっている、わかっているが…なあ。
「うぅぅ…こうなるってわかっててどうして応援してしまったんでしょう…」
「まあそれがみくるの性格だから仕方ないねっ!」
あっはっは、と笑いながら鶴屋さんは俺たちの背を叩いた。何故鶴屋さんまでもがここに来ているかと言えば…
「お前らー!全国なんだから負けたら死刑だからなー!!」
…と言う訳である。ハルヒ、負けたら奴らも悔しいんだから死刑はやめてやれ。
「というかほら!皆お待ちかねなんだからとっととその上着脱ぐ!」
「こ、こらっ!剥ぐな!!」
慌てて抵抗しようとしたものの、既に遅い。ジッパーをさげられ、上着をはぎ取られた。
「寒い!」
「まあその格好だし。ほーらちゃっちゃと残りの二人も脱ぐ!」
「ひゃあああ」
朝比奈さんも上着を剥がされた。古泉はその前に自分で脱いでいたが。
「…これ」
「あ、ああ、サンキュ」
長門がボンボンを渡してくる。そう言えば開戦、もうちょっとだったか?
「あと2、3分くらい。ほらほら、動けば暖まるって!」
「お前らは上着があるから言えるんだよ!うあー!足がすーすーする!」
「きょ、キョンくん、あんまり暴れると見えますよっ」
「あ?良いんだよ別にスパッツは穿いてるんだし」
半ば切れたまま古泉に言い返す。見える見えないより今は寒さの方が気になる。なんだってまだ夏には早い時期にこんな格好しなきゃならんのだ!
「言うけど、動いたら絶対そっちのが良いって。応援とかしてたら汗かくし」
「で、でも、寒いですよう」
「あっはっは!まあもうすぐ始まるからそれまでの我慢だねっ!」
鶴屋さんはそう言って豪快に笑うが、あなたはいつもの格好じゃないですか。俺たちなんてチアですよチア。スカート短いっつーの。
ハルヒと長門は相変わらずの応援団スタイルである。長ランが羨ましい。
「ばっかチアがスカート短くなくてどーすんだよ。…お、始まるな」
ちなみに本日俺たちがする事と言えば、ボンボンもって踊りながら選手を応援するだけである。というか、男にこんな格好して応援してもらって嬉しいか?
「…ねえ、あれ…」
「お、可愛いじゃん」
「女の子?でもあそこって男子校なんでしょ?」
「え、っつーことはあれ全員男?!」
うわ、周りが騒ぎ始めやがった。
「ほら気にしない気にしない!応援に集中!」
「ふ、ふえええ〜」
朝比奈さんはひたすら必死に両手を振り回している。俺はと言えばもうここまで来たらやけくそ、応援するしかないので不器用だと自覚しつつも選手を応援する。
そんな時だった。
「…あれ、もしかして、キョン?」
懐かしい声を聞いたのは。
俺は振り向いてそっちを見た。応援しなきゃならないし、本当に知り合いだとしたらこの姿を見られるのは屈辱でしかない。だが、その声はあまりにも懐かしかったのだ。
「…ああ、やっぱりキョンだ、久しぶり」
爽やかな笑みを浮かべてそいつは俺に手を振った。俺は応援する事も忘れて、立ち尽くしていた。
少し色素の薄い髪は、俺の記憶より若干襟足が長い。黒ぶちの眼鏡をかけて、爽やかそうに笑うあいつは、
「佐々木…」
「あ、覚えてくれてたんだ、嬉しいな」
「久しぶりって言ったってそんなに時間経ってるわけじゃないだろ」
「うん。だけど学校は違ったし…キミは転校した、って聞いたから、もう会えないんじゃないかと思ってたよ。県も違うし」
佐々木の制服を見れば、結構な進学校だった。ブレザーに、リボンタイ。地元を起点とすれば、俺の所とは正反対の位置にある場所の学校だ。
「…キョン、なんだ、誰だよそいつ」
不機嫌さを消そうともせずハルヒは俺の肩を引き寄せながらそう言った。どうしたんだ、そんなに怒って。
「別に。で、誰」
「中学の時の友達だよ、同じクラスだったんだ」
「僕は今でもキョンの親友のつもりだけどね。…はじめまして、佐々木です」
笑みを浮かべて佐々木は手を差し出すが、ハルヒは握ろうともしなかった。肩を竦めながら佐々木は手を引っ込める。…相変わらず、何やっても爽やかな奴だな。
「それで、キョン、その格好どうしたんだい?似合ってるし、可愛いけど」
「あ」
そう言われてやっと気がついた。そう言えば俺チアのまんまじゃねえか!
「あ、いや、これはだな…」
「部外者には関係ない話だろ。うちの学校の決まりなんだよ」
今にも噛み付かんばかりでハルヒが佐々木に言う。だからなんでお前そんなに佐々木に態度悪いんだよ。
「…ああ、そう言えば聞いた事があるな、姫制度、だったっけ。生徒会長の酔狂で始めたとかって言う、女装制度」
「知ってるんなら聞くな」
「ハルヒ!」
しかし俺が怒った所でハルヒは拗ねたように顔を背けるだけだった。あーもう。
向こうでは鶴屋さんが豪快に笑いながら「酔狂とか言われちゃったよー、あっはっは!」と言っていた。うむ、ハルヒと違って懐の広い人である。
「悪いな、ちょっと機嫌が悪いらしい」
「ああ、いいよ、気持ちは解らなくもないから」
「佐々木さん、ですか。お噂はかねがね」
いつの間にか古泉まで合流していた。古泉は柔和な笑みを浮かべ、佐々木に握手を求める。佐々木も笑顔で握手を交わす。
「あなたは?」
「古泉一樹と申します」
「ああ、古泉さんですか。僕も噂なら聞いてますよ」
「全国模試で常に上位にいるような方に名前を覚えて頂けているとは、光栄ですね」
「え、佐々木ってそんなに凄い奴だったのか?」
俺が驚いていると佐々木は、
「ただの模試だよ。それにそこの彼も結構な順位にいるよ」
どちらにせよ、殆ど勉強の出来ない俺としては羨ましいんだが。
「で、今日はなんで此処に?」
「ただの暇つぶし、かな。進学校ではあるけど文武両道が学校の指針でね、部活動の方にも力を入れてるんだ。それで、応援に。…でも、君に会えたのは計算外だったな。案外暇つぶしでも役に立つ事ってあるんだね。ホントに、会えて嬉しいよ」
佐々木は本当に嬉しそうに笑う。確かに仲は良かったが、此処まで喜ぶ事なんだろうか。
と、その時だった。
「佐々木さぁ〜んっ!!」
佐々木を呼ぶ可愛らしい声が聞こえたのは。
声と共に突撃する勢いでやって来たのは、朝比奈さんよりも若干全体的にちまっこい奴だった。佐々木と着てる制服が同じってことは…同学年かそれ以上ってことか?うわ、全然年下にしか見えねえ。
「…誰ですかこいつ」
佐々木に笑顔で駆け寄った後、佐々木の目線をたどり、少々むっとしたようにそいつは俺を睨みあげた。…悪い。悪いとは思うがその容姿と身長と声で凄まれても怖くないぞ、全然。ぴょこん、と外側に撥ねた髪がまた幼さと可愛らしさを強調している。少しでもハネを押さえたいのか、前髪はピン(ピンクとかオレンジとか)で留めているのだが…それが更に可愛らしいと言う事に気がつかないのだろうか。制服さえ来てなけりゃ、女に見えても仕方がないくらいである。
なんというか、朝比奈さんに負けず劣らずの女顔だな。
「橘。来て早々に言う台詞がそれかい?」
「う…ご、ごめんなさい」
少し呆れたような声でいう佐々木に、橘、と呼ばれたそいつはしゅんとしながら謝る。…なんか子犬見てるみたいだな。もしくはスピッツとかその辺。
「紹介しても良いけど、折角だから周防も一緒の方が良いだろう。それで、周防は?」
「あ!」
佐々木の言葉に橘はしまった、という顔をした。明らかに佐々木が呆れた顔つきになる。
「橘、いつも言っているだろう、周防を放っておくんじゃないって」
「で、でも佐々木さんを捜してて…」
「言い訳は良いから早く…」
「…ここにいる」
佐々木達の後ろから声が聞こえて少なからず俺は驚いた。長身の男がいきなりぬっと現れたように感じたからだ。こんな長身なのに、気がつかないなんて。
幽霊かと思うくらい存在感は薄いのに、妙な威圧感がある。コイツの背が高いからだろうか。
いかにも寝癖のまま来ました、というようなぼさぼさの真っ黒な髪。ぼーっとしたように虚空を見つめる瞳も真っ黒だ。
「…とりあえずこれでそろったね。まずは先にこっちを紹介すべきだろうね。…こっちは、橘京太。あっちは、周防九曜。二人とも同学年の、クラスメイトだよ」
「…はじめまして、橘です」
佐々木に背を押されてしぶしぶ、と言った感じに橘は挨拶した。周防、と呼ばれた方はそのままぼーっと突っ立っている。佐々木が促さない所を見ると、何を言っても無駄なのだろうか。
「それで、彼はキョン。これはあだ名だけどね。中学の時の同級生で、僕の親友」
「親友…」
その台詞を聞いて何故か橘はますますこちらを睨んでいた。だから、なんなんだ。俺はそんなに嫌われるような事をしたのか?
「それから…」
「オレは涼宮ハルヒ。こっちは古泉くんで、そっちはみくるちゃん。それと、有希と鶴屋」
佐々木の台詞を遮ってハルヒは自己紹介した。名字と名前が入り交じってるぞ、お前。
「…というわけだよ。…おっと、名残惜しいけど、そろそろ時間かな」
「え?…ああ、うちももう試合が終わるな」
途中から応援を忘れていたが、どうやら勝ったみたいだ。
「うちは今からだからね。…それじゃあ、また今度」
「ああ」
爽やかな笑みを浮かべたまま、佐々木は去って行く。その後をふらふらと周防が続き、最後にあっかんべーをしつつ橘が続いた。子どもっぽいな、おい。
「ふん、いけ好かねー奴ら」
そう言いながらハルヒも中指を立てていたので、お互い様かも知れないが。
「さ、今度こそ応援応援!まだ試合はあるからな!」
すぐに機嫌を取り戻していた辺り、ハルヒらしいとは思うが。
→