サンタクロースをいつまで信じていたかなんてたわいもない世間話にもならない話は多分みんな聞き飽きただろうからこれ以上何も言わないが、本当にそんな白ヒゲで赤服のじいさんがいるのならば、俺にはたった1つでいい、欲しいものがある。










俺に平穏な日常を、下さい。最近流行の腐女子とかガチホモな人間とは縁遠い日常を。












腐女子ハルヒの憂鬱













たしかにそれこそ小さい頃…いやかなり大きくなってからもだが、宇宙人や未来人や、超能力者がいたらいいな、なんて思ってはいた。思ってはいたんだが。
少なくとも、こんな変人たちを望んだ覚えは無い。

「ただの人間には興味ありません、宇宙人未来人…」

まあ、ここまでなら普通だ。いや、普通じゃないんだが。
しかし、問題はこの後のセリフだった。

「あとは…そうね、腐女子とか腐男子とかガチホモとか男に迫られたことあるやつとかBL萌えを理解できる奴がいたらあたしのところに来なさい。以上」

なんだって?
俺は思わず振り向く。そこにはえらい美人がいた。知っての通り凉宮ハルヒである。
俺は思った。「ここ、笑うとこ?」もしくは、「病院行っとけ」。頭がおかしいとしか思えない。
しかし、ハルヒの頭は至って普通だった。いや、普通じゃないんだが。思考以外はまったくまともな人間だった。いまいましいことにな。








まあそれから数日。知っての通りハルヒは長門有希を巻き込んで文芸部室を占領しやがった。何の為に? 知るか。少なくともまともな目的ではないことは確かだ。
まあその間にもハルヒは「あんた猫耳似合いそうよね、つけてみない?」だとか、国木田と谷口に対して「ちょっとあんたら絡んで見なさいよ!あ、攻めは国木田で」だとか色々言い出して居たわけなのだが。それでまあ、ますます多くの人間はハルヒから遠ざかった。
ガチホモなどのことを抜けば、ハルヒの考えは嫌いではない。俺が諦めたことをコイツは実行しようとしているのだから、うらやましいと思う気持ちもある。
「先行ってて!」というハルヒの命令通り文芸部室に向かいながらとりとめもないことを考えて、部室のドアを開けた。
中には既に長門がいて、窓辺の席で本を読んでいた。

「何を読んでんだ?」

沈黙に耐えかねた俺が口を開くと、長門が少しだけ動いて背表紙を俺に見せる。文庫本くらいの小さな本には、なんだかやたらと絡んでいる男二人のイラストと、「秘密の生徒会室」というやたらとポップでピンクな文字。

…ちょっとまて、長門。

もしかしてお前もそうなのか!?ハルヒとお友達になれるタイプの人間なのか!?というかこの無感動で無口な少女がそんな趣味だということに驚く。

「お、おもしろい、か…?」

とりあえず聞かなきゃ悪いかと思って問いかけてみる。心無しか顔も声も引き攣る。

「ユニーク」

めがねのブリッジを上げながら長門は呟くように言った。目線はすでに本に戻っている。

「どういう、とこが…?」
「ぜんぶ」
「そういう本、好き、なのか…?」
「わりと」
「そうか…」

淡々と呟く長門。沈黙するしか無い俺。頼むから、このあとハルヒが捕まえてくるであろう二人は、まともであってくれ。
だが結局は、そんな願いも虚しいことになるに違いなかった。


腐女子腐女子というハルヒだが、結局自分が萌えればなんでもいいらしい。「SOS団には女性向けだけじゃなく男向けも必要なのよ!百合だって立派な需要があるわ!」といって捕まえて来た朝比奈さんは、とても可愛らしく、また豊満なバストの持ち主だった。それだけは褒めてやってもいいと思った。
それからというものの、朝比奈さんを使ってのコンピ研からの強引なPC奪取、校門でのコスプレビラ配り(俺は猫耳をつけて配ってこいと言われたが全力で拒否した。お陰で数日ハルヒは不機嫌だった)といい、色々あった。
何故かそこから俺が涼宮一団の仲間=ガチホモ疑惑まで出たが、まあなんというか俺のことを知っている国木田のお陰であえなく消えていった。ありがとう国木田。お前がいてよかったよ国木田。
そしてそんなある日。

待望の転校生がやってきた。俺は別に待ち望んじゃいなかったがな。心から!

「謎の転校生よ謎の転校生!」

どっかのジュブナイル小説かよ。どうでもいいがその転校生は九組に転校して来たらしい。ハルヒの話によれば、男。特に謎っぽくもなかったらしいが。当たり前だ。そう簡単に謎の転校生であってたまるか。
とりあえず、俺はこの辺りでハルヒをとめておくべきだったのだ。本気で。ここでハルヒをとめておけば、俺はあんな日々を体験せずに済んだはずなのである。
ホントになんで、止めなかったんだよ俺。

「お待たせ〜っ!」

バン、と勢い良くドアを開けたハルヒは一人の男子生徒を伴って現れた。誰も待ってない。

「彼が噂の、そして待望の謎の転校生兼ガチホモ要員よ!その名も」
「古泉一樹です、よろしく」

爽やかに笑ったそいつは、ムカつくくらいにスタイルも顔も良かった。これで性格がよければ完璧、というところだろうか。…それよりもハルヒのガチホモ要員という言葉に動じないのは何故なのか俺は知りたいね。

「ここは、SOS団。あたしはその団長」

と、ハルヒが言い、古泉がそれを聞いて質問する。

「入るのは別に構わないんですが…涼宮さんはなんのために僕らを集められたんですか?」

そりゃそうだろう。SOS団と聞いて思いつく方がおかしい。救急救命の団体だとは誰も思わんだろう。ハルヒが団長な時点で。 …ん?というか、今さっき入るのは構わないって言わなかったかこいつ!?


「教えるわ、SOS団はね、」

ハルヒは一旦言葉を切り、満面の笑みで言い放った。

「宇宙人未来人超能力者とかを探し出して一緒に遊んだり、腐女子、腐男子的なBL萌えを追求することよ!」


ちょっと待て。宇宙人未来人etcはともかくとして、腐女子的な萌えってなんだ萌えって!
とはいいつつも、多少は予想していた。しかし三人はそういうわけでもないらしく、朝比奈さんは赤くなるやら青くなるやら、長門といえば…ん?なんかちょっと喜んでないか? 古泉は…何故だか微笑んでいた。なんかおかしくないか、三人の反応。

「…なるほど」

訳知り顔で古泉が朝比奈さんと長門の顔を見て呟く。

「さすがは涼宮さん、という所ですね。いいですよ、入ります。今後とも、どうぞよろしく」

ハルヒに向かってにこりと微笑んでみせた。腐女子とかBLって単語を知らないんじゃないか?お前なんか見た目が良いぶん絶対に標的にされるぞ。というかハルヒ的には既にターゲットロックオン!…なんだろうな。
そう思ったのもつかの間、古泉は俺に右手を差し出して来た。

「古泉です。色々と分からない事も多いと思いますので、どうぞよろしくお願いします」
「あ、あぁ…」

反射的にその手を握り返しながら俺も挨拶しようとすると、ハルヒが勝手に次々と皆を紹介していた。朝比奈さんなんか慌てて額をオセロ版にぶつけてしまった。

「じゃ、これからみんな一丸となってがんばっていきましょー!」

ハルヒがやたらといい笑顔で言い放った。
古泉とハルヒは学校案内ツアー、朝比奈さんは帰宅。俺も帰るか、と思い、長門に一声かけた。「じゃあな」「本読んだ?」一瞬反応が遅れる。
本というのはつい先日長門に渡された本である。内容は…まあなんというかBLと言われるもの。読めるか!俺を腐男子にしたいのか、なあ!?

「いや、まだだ。…返した方がいいか?」
「読んで、今日。帰ったらすぐ」

返したい。心から。そう思っていたせいで長門の一言を聞き流す所だった。…なんだって?
どうでも良さそうに言う…という事はなくいつになく力強い口調で言われた。その上、長門はじっとこちらを見つめ、ついでに命令口調だ。俺は仕方なく、「わかったよ」とだけ返し、文芸室を後にした。

そして、俺は必死で自転車をこいでいた。言わずもがな、例の本に挟まれたしおりの所為だ。
見たくないなー、読みたくないなー…とパラパラめくっていたら、なんの変哲も無いしおりがぱらりと落ちた。書かれていたのは知っての通り、呼び出し文だ。
俺が読む気なかったらどうするつもりだったんだろうか。いや、だからこそあれだけ念押ししたんだろうが…とにかく長門は指定先の公園で待っていた。
そして、長門のマンションでの衝撃の告白。まあなんというか信じられない。が、俺は今聞きたいことがあった。

「その…長門、今の話を信じてやるとして、だ。お前のあの本の趣味は…」
「涼宮ハルヒの嗜好を参考にした」

よ、良かった。ということは長門があの手のジャンルが大好き、というわけでは…

「けれど、今は私も興味深いと思っている」

あったみたいですね。

「そしてあなたにも興味を持って欲しいと思っている」


俺はがっくりと項垂れた。はいここに腐女子もう一名発見。誰か止めろ!


長門の家を出て翌日。ハルヒが朝比奈さんを部室で襲っていた。
…失礼、ひん剥いていた。言い直してもかわらんか。
そして数分後、出来上がった完璧なロリッ娘メイドさんを撮影しつくした後、ハルヒはまたとんでもないことを言い出した。

「みくるちゃんには常にこの格好でいてもらうとして、キョン!」
「…なんだよ」
「アンタにはこれよ!!」

そういってハルヒが俺の目の前に突き出したのは、はい、見るのは先日以来ですね。見たくもなかったがな!

「なあハルヒ、俺にはこれが猫耳に見えるんだが」
「猫耳に決まってるじゃない。バニーの耳でも某ねずみ王国で売ってる耳でもないわよ」
「そしてこれは尻尾に見えるんだが」
「あんまりふざけたこと言ってると突っ込むわよこれ」

どこに?とは聞かないでおいた。実行されかねん。


「…で、どうしろと」
「つけるに決まってんじゃない」
「誰に」
「にぶいわねぇ、あんたによ!」

すまん、帰っていいか。俺はすぐさまUターンして部室を出ようとした。が、

「うわ、どうしたんですか?」

ドアを開けた古泉にぶつかってしまった。

「古泉くん丁度いいわ!キョンを押さえてて!」
「古泉、のけ!」

俺とハルヒの言葉が重なり、古泉は少々悩んだそぶりを見せた後、徐に俺を羽交い締めにした。

「なっ、古泉!」
「すみません、なにしろ団長命令ですし」
「古泉くんよくわかってるわね!キョンとは大違いだわ!」

誰もわかりたくなんかないだろう、猫耳、そして尻尾を付けろなんて命令!

「離せ!俺は断固として拒否する!!」
「あんたの意思なんて関係ないわよ。あ、古泉くんもうちょっとキョンの身長下げて」
「はい」
「頷くな古泉!はーなーせー!!」

ぐっと上から押さえつけられ、あっと言う間に頭の上に猫耳カチューシャが装着された。そして同時にズボンの裾に尻尾が押し込まれる。男がつけたっけキモイだけだろこんなの!

「うん、中々いいんじゃない?」

ぱちり。フラッシュが瞬いた。撮るなよ!

「というわけでキョン、少なくとも今日部室にいる間はそのままね。嫌なら古泉くんにずっと押さえつけててもらうわよ」

と言われてしまっては大人しくするしか無い。くそ、顔でも勝てない上に腕力でも勝てないってなんなんだよ。いまいましい。

「じゃあ、これより第一回SOS団全体ミーティングを始めるわよ!」

俺はその会議の間中、猫耳と尻尾をつけたまま不貞腐れていた。
そしてその会議で決まった市内探索でまた、俺は知りたくもなかった事実を知ることになるのだった。









と、言う訳で、俺は休日の朝っぱらから駅前に来ていた。もちろんすでに俺以外の全員が雁首揃えていた。そこでまあ、罰金よ!なんて言われながらロータリーに面した喫茶店に行く。
そこでのハルヒの提案は、知っての通り二組に分かれての探索である。クジの結果、俺は朝比奈さんと行動することになった。ラッキー。こんだけで来て良かったと思うなんて、男は実に単純な生き物だと自分でもつくづく思う。

「ふんっ、この組み合わせ、ねぇ…」

ハルヒはどこかつまらなさそうにじろりと皆の爪楊枝を睨んでいる。不満なのか?俺は多いに満足だね。

「…まあ、いいわ、楽しい組み合わせは後になればなるほど良いわよね。わかってる?遊びじゃないんだからね、ちゃんと面白いもの見つけて来なさいよ!」
「わぁってるって」

簡単に面白いものが見つかるならな。
幸いと言うべきか何と言うべきか、ハルヒの探し出してこいという人間の中にがち…もといアブノーマルな人間は含まれていなかった。まあそんなもん探してこいって言う方が興味本意なのが見え見えで失礼な話だろう。
で、残り三人と別れて俺たちは西の川沿いを歩いていた。

「あたし、こんな風に出歩くの、初めてです」
「そうなんですか?」
「ええ、特に、男の人と一緒に、なんて…」

いいね、この初々しさが実にいい。そう思いながら話を続ける。

「意外ですね、『俺と付き合って下さい!』、なんて、よく言われるんじゃないんですか?」
「ええ…でも、あたし、駄目なんです。少なくとも…」

言いかけて黙った後、朝比奈さんは何か決意したように俺を真っ直ぐに見て言った。…そしてモテることは否定しない辺りさすが朝比奈さんというべきか。

「キョンくん、あの…お話ししたいことが、あるんです」




移動した先のベンチで聞いた話は、やはり信じ難いものだった。俺個人の感情としては信じてあげたいのだが…常識から言えば、「冗談だろ」である。

「じゃあ、付き合ってって言われて朝比奈さんが断ってる理由っていうのも…」
「ええ。それもあるんです」

…それも?「も」って?
聞いちゃ行けない気がした。だが、俺は聞いてしまったのである。

「……実はわたし、ノーマルじゃ駄目なんです」

…………は?
すみません、もう一回聞いていいですか。いややっぱり聞かなかったことに…

「キョンくんは気持ち悪い、って思うかもしれません。だけどわたし、わたし…BLとか大好きなの!」

朝比奈さんはかわいらしく頬を染めながら言った。…ちょっと待って下さい、そんな話頬を染めながらいうことなんでしょうか。というかあなたもハルヒや長門の仲間なんですか!

「えっと…多分、そういう理由もあってわたしがこの時代に来たんだと思うの。あ、あの、別に自分自身が女の子が好き、とかじゃなくて…ただBLが好きなだけなんです」

えっと、いうなればBLだから好きになったんじゃなくて好きになったのがBLだったっていうだけ、ってことですか。未来はそんな方面も進んでるんですか。…いやだ、そんな未来!朝比奈さんには悪いですけれどもね!

「…ごめんなさい、こんな話。信じなくてもいい、だけど、知っておいて欲しかったんです」
「かまいませんけど…」

それで知ったことで俺にどんなメリットが生まれたんだろうか。デメリットしかない気がする。聞かなきゃ良かった。
だがしかし、朝比奈さんは話したことですっきりしたのか、弱冠前より打ち解けてくれている気がする。それはまあ、嬉しいと思う。腐女子がどうとか、細かく考えなきゃいいんだよな。普段そんな話ばっかする訳じゃないんだ、うん。
そのまま沈黙が続き、耐えられなくなった俺は口を開いた。

「…今は保留ってことにしてもいいですか。未来人がどうとか、BLが好きだとか、全部含めて」
「はい。それでいいです、今は。少なくともこれからも、普通に接してくれると嬉しいです」
「それはもちろん」

ノーマルだとかアブノーマルだとかいちいち考えて付き合うわけでもないだろう。腐女子だって恋人がいる奴は普通にいる。…って俺なんでこんなに詳しいんだろうな。いやまあBLの知識云々は中学時代の友人の性なのだが。少なくとも将来妹にそうなって欲しくはない。
それに朝比奈さんがBL的なことを日常で考えるタイプとも限らない。俺的には腐女子だろうがなんだろうが、朝比奈さんならばっちりOKである。別に偏見もないと自分でも思うしな。

「あ、1つだけ、聞かせてもらってもいいですか?」
「なんでしょう…?」
「朝比奈さんは今、本当は何歳なんですか?」

彼女はにっこりと笑って人差し指を立てた。イラズラっぽい、可愛い笑顔だった。

「禁則事項です」




それから俺たちはぶらぶらと街をまわって過ごした。ソフトクリームを買って食べたり、ウィンドウショッピングをしてみたり。うん、なんとも普通のカップルらしいじゃないか。途中で朝比奈さんが寄りたいと言った本屋では、まあ、なんというか…な本も購入されてたわけだがそこは気にしない。気にしたら終わる気がする。何かが。
そして唐突に電話が鳴る。ハルヒから。12時に駅前集合。間に合う訳ねえ。しかしのんびり行けば余計に怒鳴られるだろう。仕方なく少々急いで向かった。十分遅れたがな。もちろん「遅い!罰金!」と怒られたわけだが。
次のくじ引きでは俺は長門と組むことになった。ハルヒは何故か俺と古泉の爪楊枝を睨んでいた。おいちょっとまて、どういう意味だその顔は。
長門とは図書館に行き、そして俺が居眠りをした所為で盛大にハルヒに怒られた。まあ長門と言えば図書館のBLな本の蔵書に満足したのか、少し機嫌が良さそうだった。良かったな。つーか今時図書館にもあるんだな。それともこの図書館がおかしいのか?
「明後日は反省会よ!」と騒ぐハルヒを放って俺は帰ることにした。…自転車、どうすっかね。





月曜、ハルヒは一日中不機嫌だった。俺はと言えば授業中ずっと背中に無言のプレッシャーを感じていた訳で。いやあ、肩凝るな、あれは。
授業中にも文芸室にいるんじゃなかろうかと思うくらいこの部屋と一体化している長門はさておいて、俺は一足先に部屋にいた古泉に声をかけた。

「古泉、お前も俺に話すことがあるんじゃないのか」
「お前も、ということは…既にお二方からアプローチを受けた、ということですね」

ちらりと長門を横目で見ながら言ってみせる割には何もかも知ってます、みたいな顔してやがる。気に食わないな。

「場所を変えましょうか。涼宮さんに知られては困りますし」

やっぱお前もハルヒ関連なわけか。そう思いながら俺は古泉のあとに続いて食堂の屋外テーブルへと行く。手には途中で古泉に手渡されたコーヒーが握られている。男二人で一目を忍んで、なんて腐女子が喜びそうな展開だな。おい。

「さて、どこまで知っていらっしゃいますか?」
「涼宮ハルヒがただものじゃない、長門は宇宙人、朝比奈さんは未来人、でもって三人とも腐女子ってことくらいか」
「よくご存知のようで。話が早くて助かりますよ」

予想はしていたが、古泉も長門や朝比奈さんと似たような考えの持ち主らしい。まあ、どちらかと言えば自分では否定したいみたいだが、本当だと知っているんだから仕方が無い、みたいな感じだがな。
長々とすみません、と言って去ろうとする古泉に、俺は一言だけ声をかけた。

「古泉」
「はい」
「ついでに聞いておくが…ガチホモだとか言わないだろうな、お前」

そんな俺の問いに、古泉は肩を竦めてみせただけだった。肯定なのか否定なのかはっきりしてから帰れよお前!!
コーヒーはすっかり冷めきっていた。部室に帰って熱々の朝比奈さんのお茶を飲んだりしたが、ハルヒは結局その日部室にくることはなかった。


次の日、ぐでっとしたハルヒと会話をしながら、俺は1つの懸案事項を抱えていた。『放課後、教室で』というノートの切れ端だ。教室。多分この教室だろうな。誰かのいたずらか?それとも、またハルヒ絡みで今度はクラスの誰かが「実は異世界人」なんて言い出すんじゃないだろうな。なんでまた俺なんだ。意味がわからん。
一旦部室に行き、五時半。俺は教室に向かう。

「遅いわよ」

扉を開けた先には、朝倉涼子がいて俺に笑いかけていた。

「そんなに意外?驚いてないで、入ったらどう?」

誘われるように教室へ入る。

「何の用だ?」

出来るだけ素っ気なく聞いてみた。くすくすと屈託なく笑いながら、朝倉は言う。

「あなたに、訊きたいことがあるの。人間はよく、『やらなくて後悔するよりもやって後悔する方が良い』っていうじゃない。これ、どう思う?」

さあ、どうだろうね。俺としては聞かなくて後悔したい感じだったが。…ん?人間は、って言わなかったか?

「さあ?意味としては言葉通りなんじゃないか?」
「じゃあ、たとえ話なんだけど、現状のままではじり貧確実、だけどどうすれば良い方向に動くか分からない。そうなったら、なんでも良いからやってみよう、と思わない?」
「まあ、そう思う事もあるんじゃないか?」
「でしょう?」

俺の適当な返事に朝倉は満足したように笑顔だった。なんなんだ、さっきから。

「でも、上って頭が固くって。急な変化にはついていけないんだって。だけど現場はそうもいかないのよ。このままだと面白い変化なんて見れそうにないし。だったらこっちの判断で強硬手段に出ちゃってもいいわよね?」

何が言いたいのかさっぱりだ。教卓の中か、掃除道具入れの中に谷口辺りがいるんじゃないのか?俺はきょろきょろと教室を見回した。

「変化の無い対象の観察には飽き飽きしちゃったの。だから…」

誰かが隠れてるんじゃないか、なんてことに気をとられていた俺は朝倉の次の一言を聞き流すところだった。いや、その方が幸せだったかも知れん。

「あなたを犯して涼宮ハルヒの出方をみる」

耳を疑っている暇は無かった。ひゅん、という音と朝倉が一瞬にして俺の傍に迫ったかと思うと、後ろに向かって倒れていた。思いっきり尻を打った。痛い。
がしゃん、という音がして後ろを振り向くと、机に絡まった鎖。手錠つき。何に使うんだ、何に!それとは別に朝倉は何かを持っていた。
朝倉が手にしていたのは、何を隠そう、男性器をかたどったうねうね動く機械。極太。っておい!!

「なな、なんでそんなもん…!」
「聞こえなかった?あなたを犯して涼宮ハルヒの出方をみるって言ったの」

またにこりと朝倉は笑った。割と清楚な見た目に反してそんなもの持つんじゃありません!

「触手とかのがよかった?」

いやいやどっちにしろ遠慮する!俺は慌てて朝倉から距離をとる。マウントポジションをとられたとしても女の子からは逃げ遂せるとは思うが…怖い。
というかこの状況はなんだ? なんで俺が朝倉にそんな物騒(色んな意味で)を突きつけられなきゃならん? しかも俺を犯す? リアリィ、マジで?

「冗談は…」
「冗談に聞こえた?」

晴れやかな顔をして朝倉は言った。手の中のうねうねと動く機械はそのままに。

「ふうん。やっぱり男として掘られるのはいや? 大丈夫、ちゃんと気持ち良くしてあげるわ。わたしには有機生命体の性の概念がよく理解出来ないの。同性は嫌だって言うけど、同性を好きな人だっているじゃない?不思議よね。それにこの場合攻めるのはわたしでも、一応男女だわ」

俺はそろそろと立ち上がる。夢だよな、これ。じゃなきゃなんてくそ真面目そうな委員長に「犯す」とか言われるんだ?本当の出来事ならこの世界は終わっている気がする。
だがもし本当だとして、最初の鎖を避けなければそれでしばれて身動きとれなくされて以下規制…みたいなことになっていたんだろうか。…寒気がして来た。

「笑えない冗談だぞ、朝倉。いい加減その妙なもの仕舞え」
「それ、無理。だってわたし、あなたを犯してみたいんだもの」

クラスの女子と和やかに談笑するように朝倉は言った。涼宮ハルヒの変化を見るのなら俺じゃなくても良いだろう。ついでにいうと犯す必要がどこにあるんだ!お前の趣味なのか朝倉!
再び朝倉が鎖やら手錠やら縄やらを飛ばして来た。意志を持ったように動くそれから逃れようと俺は扉に向かって激走し―――――激突した。
ドアも窓も、なくなっていた。ただ灰色の壁があるばかりである。夕焼けだったはずの空も無い。いつの間についたのか、蛍光灯だけが教室の机を照らしていた。

「無駄なの。この空間は今はわたしの制御下。簡単だったわ。この惑星のものなんて、ちょっと結合情報をいじればすぐに改変出来るんだもの。今この教室は密室で、入ることも、もちろん出ることも無理よ」

死神の声を聞いている気分だった。嘘だろ、なんだよこれ。夢なら早く覚めてくれ。
願いも虚しく、朝倉はゆっくりと近づいてくる。猫に見つかったネズミってこんな気分かね。

「ねえ、あきらめて? 結果はどうせ一緒なんだから」

つまり、俺が犯されるって? 冗談じゃない。

「……何者なんだよ、お前」

俺は机の一団に進路を邪魔されながら朝倉から逃げるが、とうとう壁に追い込まれる。苦し紛れに近くにあった椅子を思い切り投げつけた。が、朝倉の前で方向転換。そのまま落ちた。んなアホな。

「無駄。言ったじゃない、今この教室はわたしの空間だって。まだわからないの?」

待て。待て待て。かなり待て!どうして俺がまたハルヒ関連で訳の分からない目にあってるんだ!?人気者だな、おい。どうせなら今のポジションを俺と代われよ、ハルヒ。

「ああ、最初からこうしておけばよかったわね」

その一言で俺は今自分の体が地面に縫い付けられたように動かないことを知る。正確には、自分で動かせないだけのようだが。

「あなたが強姦されれば、涼宮ハルヒはなんらかの反応を示すはずだわ。多分、大きな情報爆発が見られるでしょうね。たとえば、世界の殆どがガチホモとか、男と男で子供が作れるとか。そんな情報、またとない機会だわ」

そうだな、そんなあり得ない情報、ないだろうな。俺には関係ないがな!

「じゃあ、大人しく犯されて?じゃないと強姦の上に輪姦にしちゃうから」

最悪だな。どっちを選んでも。
朝倉が動いた。そのまんま突っ込まれんのかね。強姦っつーしそうかもな。意外と冷静だな、俺。
だがその時、天の助けは天井をぶち破るような音と共に現れた。瓦礫の山も俺の上に振ったがな!体に降り注いだ粉を払おうにも体が……あれ、動くじゃないか。
顔を上げた俺は見た。俺の体に今にも巻き付こうとする触手と、それを見えないバリアのようなもので防いでいる、長門有希の小柄な姿を。触手の一部が硬化して、長門の頬をかすめていた。

「プログラムの一つ一つが甘い。だからわたしに気付かれる。侵入を許す」

無感動で淡々とした声だった。

「わたしの邪魔をするの? この人間が犯されれば間違いなく涼宮ハルヒはなんらかの反応を示す。これ以上の情報の変化の為にはそれが一番でしょう?」
「あなたはわたしのバックアップ」

朝倉の言葉に応えず、長門は平坦な声で続けた。

「独断専行は許可されていない。あなたはわたしに従わなければならない」
「いやだと言ったら、どうするの?」

余裕そうな朝倉は、次の長門の言葉をわかっているようだった。

「情報結合を解除する。解除を申請」
「!」

言うが早いか、長門が押さえていた触手やらなんやらがさらさらと砂のように壊れていく。素早く朝倉は身を引き、ひとっ飛びで5mほど後ろに後退した。…本当に人間じゃないみたいだな。二人とも。
なんて余裕そうなことを考えるうちにバトルは展開されていく。俺は長門に引っ張り回されるせいでぐったりしてきていた。器用なことに朝倉は俺には触手、それを長門が防ごうとすれば寸前で槍のように尖った硬質なものに変化させていた。
だが長門のフリは明らかで、俺を守ろうとする度長門に傷がついていく。その上、今度は思い切り槍にさされてしまった。

このまま長門の負けで終わるかと思われていた勝負は、突然の終わりを迎えた。

「情報連結解除、開始」

長門がそう呟くように言った瞬間、教室の全てが光り、一瞬の後さらさらと崩れていく。何が起きているのか分からない。

「…あーあ、残念。所詮バックアップ、ってことなのね。もうちょっとで膠着状態をどうにか出来るって思ったのに。よかったね、貞操…処女?まあいいわ。その辺りが守れて。でもわたし以外にも急進派はいるわ。それだけじゃなくて、そこの人もそっち系が好きだし」

クラスメイトの顔に戻った朝倉はどこか穏やかに、それでいて寂しそうに笑っていた。

「つかの間の平穏を、お幸せに。じゃあね」

いつもと変わらない笑顔のまま、朝倉は消えた。ふらりと倒れる長門を俺は慌てて抱きとめる。

「おい、大丈夫か!」
「いい。先に直す必要があるのはこの空間」

気がつくと空間の崩落は止まっていた。長門が何事が呟くと、あっという間に巻き戻しのように教室があるべき姿を取り戻す。魔法としか思えない。

「本当に、大丈夫なのか?」

俺は長門を覗き込みながら言う。確かに今はなんの怪我もないように見える。

「今、再生している」
「そうか、ならいいんだ」
「あ」

わずかに声を発した。

「どうした?」
「めがねの再構築を忘れた」
「してないほうが俺は良いと思う。俺、眼鏡属性ないし」
「そう、眼鏡属性はないの」
「……ただの妄言だから忘れてくれ」

中身を理解されている分痛々しい。腐女子って怖いな。

「そう。わたしは猫耳属性がある。どうせなら朝倉涼子はあなたに猫耳と尻尾が生えるように情報を改変すべきだった」

いや、お願いだから止めてくれ。
そして長門をそのままにしたのが間違いだった。このあと忘れ物〜♪なんて言いながら教室に入って来た谷口には押し倒したように見えたんだろう。「すまん…ごゆっくりぃ!」なんて叫びながら行ってしまった。噂にするような奴じゃないから、良いがな。









翌日のクラスには、朝倉の姿は無かった。


当たり前は当たり前なのだが、それを当たり前だと感じているのは当然だがクラスでは俺だけらしく、ハルヒなんかは「これは事件だわ!謎よ謎!」なんてはりきりまくっているのだが。
巻き込まれるのは俺なんだ。もうちょっと自重しろハルヒ!
なんていえるはずもない。俺も本当ならお前たちと一緒にどうしたんだろうな、なんて言って首を傾げていられる側のはずなんだがな、本当に。
まあきゃんきゃんポメラニアンのように吼えているハルヒを放っておいて、俺は手の中の懸案事項をみつめた。可愛らしい封筒。その裏には、「朝比奈みくる」と小さく可愛らしいまるっこい字で書かれていた。
『昼休み、部室で。 みくる』といたって簡潔に一言だけ。
これが間違いなく朝比奈さんの手紙であるというならば、俺も喜んで出掛けたい。しかし、また昨日の用な事態にならないとは限らない。だが、誰であろう朝比奈さんの呼び出しだ。行かなくてどうする、俺。あの可愛らしいお方を昼休み中待たせる訳には行かないだろう。
それに、昼休みなら長門もいる。何かあったとしても大丈夫だろう。こっちはごく普通の一般人なんだ。情けないとか言ってくれるなよ。

四時限が終わるや否や、俺は誰かに話しかけられる前に教室を脱出した。部室まで早歩きさ。
五月といえど夏は本格的に前倒しを決めたのかかなり暑く、じわじわと汗をかいてくる。今からこれじゃ、夏本番には砂漠のように日本全国が干上がるのではないだろうか。歩いているだけだというのに、パンツのゴムさえ汗で濡れてくる。
と、脳内で文句をまき散らしていると三分とかからず文芸室の前に来た。とりあえずはノック。

「あ、はぁい」

間違いない、朝比奈さんの声である。ほんの少しだけほっとして、ドアを開ける。
結論から言うと、長門はいなかった。それどころか、朝比奈さんさえもいなかった。
懐かしそうに部室を見回しながら、一人の女性がたっていた。白いブラウスに、黒のミニのタイトスカート。すらりと伸びた足が健全な男子高校生にはかなり悩ましい。
その人は俺の顔をみると、嬉しそうに目を細め、俺に駆け寄り手を握った。

「キョンくん、お久しぶり」

その人は、朝比奈さんによく似ていた。だが俺の良く知っている朝比奈さんではない。まず身長が違うし、今でも充分グラマーといえる彼女だが、さらに三割増。それに随分顔が大人っぽい。それでも、やはり朝比奈さんに見える。

「あの…、朝比奈さんの、お姉さん…とか?」

彼女はそんな俺を微笑ましそうに見つめて笑った。彼女は言う。

「朝比奈みくる本人です。ただし、あなたの知っているわたしより、もっと未来から来た朝比奈みくるです。…会いたかった。もうどのくらい会ってないのかしら…」

懐かしそうに俺をみる彼女。俺は今バカみたいな顔をしているに違いない。確かに、将来の朝比奈さんだと言われると、それが一番しっくりくる。だが。
「あ、信用してないでしょう?」悪戯っぽく彼女が笑う。普通信用出来ない。確かに先日未来人だとは言われたが、そうそう人間がタイムスリップ出来るわけがない。

「もう…、証拠をみせてあげる」

彼女は少し拗ねたように笑うと、おもむろにブラウスのボタンを外し始めた。ちょっと待て!朝倉の強姦未遂問題に続いて朝比奈さんまで!?
しかし勘違いだったようで、彼女は第2ボタンまで外し終えるとたわわな胸を俺に見せつけて、

「ここに星形のホクロがあるでしょう?付けボクロじゃないわ。なんなら触ってみる?」

という。魅力的なお誘いではあるが、一体全体これがなんの証拠になるというのだろうか。俺はそんな所にホクロがあるのを見れるようなほど朝比奈さんと親密な仲じゃない。いや、見るだけならいくらでも機会はあった気がするが。主にハルヒのせいで。

「信じてくれたかしら?」

そう言われても俺の記憶にそんな情報は無い。その旨を目を逸らしながら朝比奈さんに伝えると、

「え、でも…これを教えてくれたのはキョンくんだったじゃない。わたし、自分でも知らな…あ、え、やだ…っ…今、この時はまだ…どうしよ…っ」

不思議そうにしていた彼女の顔は、赤から青へとめまぐるしく色を変えている。

「わたし、とんでもない勘違いをっ…ごめんなさい!今のは忘れて!」

それはいいから早くボタンをとめて下さい。健全な男子高校生なんです。どこを見たらいいのかはっきりいって迷います。

「わ、わかりました。今の俺は大抵のことを信じてしまえるような性格を獲得しましたので」
「え?」
「いや、こっちの話です…あの、早くボタンを」

そっちを見ないようにしながら俺がいうと、未来の朝比奈さんは慌ててボタンをとめて咳払いを1つした。

「あの、わたしが未来からきたって、本当に信じてくれました?」
「もちろん」

この色んな意味での危うさといい、いかにも朝比奈さんである。それに、わざわざ俺をだます理由がわからない。

「あ、でもそうしたら、今ここには朝比奈さんが二人いるってことになるですか?」
「あ、はい。本来のこの時間のわたしは教室でクラスメイトとお弁当を食べてるんだと思います」
「そっちの朝比奈さんはあなたのことを…」
「知りません。実際過去のわたしは知らなかったもの」

なるほど。今知ってしまえば矛盾が生まれてどうのこうの…タイムパラドックスってやつだったか。突き詰めるところ存在が消えてしまうとかどうとか。

「あなたに1つだけ言わなくちゃいけないことがあって、無理を言ってこの時間に来させてもらったの。あ、長門さんには頼んで席を外してもらいました」

長門のことだから、相変わらず無感動だったに違いない。

「朝比奈さんは長門のことを何か知ってるんですか?」
「禁則事項です。あ、これ言うのも久しぶりですね」

彼女は少しだけ、いたずらっ子のように笑った。

「俺は先日聞いたばかりですけどね」

そんな朝比奈さんに目を細めていると、そうでした、と彼女はぽかりと自分の頭を叩いた。間違いようもなく、朝比奈さんである。成長してもなんとも和やかな気分にさせて下さるお方だ。
しかし彼女はすぐ真面目な顔になると、

「あまり時間がないので手短に言わせて貰います」

もうなんでも言って下さい。

「キョンくんは、白雪姫って、知ってます?」

義理の母親の女王がどうこうとか毒リンゴを喉に詰まらせてとかって奴ですよね。毒リンゴなのに喉に詰まらせるとか意味あるのかとかなんで王子のキスで毒が解毒されるんだとか突っ込みたくなるあの童話ですよね。どっかには実は王子と女王が白雪姫と王子を結婚させるために仕組んだとかどうとかって子供向けの演劇もあったような気がするが。

「そりゃ、知ってますけど…」
「これからあなたが困った状況に置かれた時に思い出して欲しいんです、白雪姫を」

困った時に思い出すのがそれで役に立つんだろうか。昨日早速困った目にあったばかりだが…いかん、役に立ちそうにない。

「そういうのではなくて…そうですね、詳しくは言えませんが、涼宮さん絡みで、その時あなたの傍にはとても近しい人がいるはずです」

とても近しい人。曖昧過ぎる。それさえも詳しく言えないというのだろうか。

「涼宮さんはそれを困ったこととは思わないんでしょうけど…実を言うとわたしもそんなに困ったとは思わないんですが、多分、キョンくんはすごく困るんじゃないでしょうか。…あ、ごめんなさい、キョンくんが困るのにわたしが困らないとか言っちゃ駄目ですね」
「いえ、それは構いませんけど…近しい人が誰か、っていうのは教えてもらえないんでしょうね」
「ごめんなさい、それも禁則事項なんです。でも、もしもの為にヒントは、と思って。こんなことしか出来なくて…ごめんなさい」

大人朝比奈さんは悲しそうに瞳を伏せた。

「そのヒントが、白雪姫ですか」
「…はい」
「ありがとうございます、覚えておきます」

そういうと朝比奈さんは少しだけ落ち着いたように微笑んで、部室を見回した。

「懐かしいなぁ…。わたし、よくこんなの着れたなぁ。今は絶対ムリよ」
「今の格好もOLのコスプレみたいで似合ってますよ」
「ふふ、学生服、ってわけにはいかないから、教師みたいにしてみました。眼鏡もかけるべきだったかしら」

想像して、確かに。と思ってしまった。魅惑の女教師。
ふと思いついて、試しに聞いてみる。

「ハルヒには他に何着せられたんですか?」
「内緒。恥ずかしいもの。そのうち解るでしょう?…あ、まだキョンくんのはないんだ」
「え」

かなり不穏な台詞を聞いた気がする。ちょっと待って下さい、なんて?

「じゃあ、もう行きます」

俺の問いかけを無視するように朝比奈さんは言った。少し寂しそうな笑顔だった。抱き締めるべきかと思った俺の腕をすり抜け、続ける。

「最後にもう1つだけ。…わたしとは、あまり仲良くしないで」

出来たら他の誰かと、そう言いたがっているような気がした。特定の誰かの名を、吐息で言った気がする。
入り口へと消える朝比奈さんに、俺は声をかけた。

「俺も最後にひとつ…いや、二つだけ!」

朝比奈さんの動きがぴたりと止まった。

「朝比奈さん、今いくつ?あとさっきの俺の衣装がどうとかって」

やわらかな髪を翻して彼女は笑う。見るもの全てを魅了してしまうような笑顔だった。

「禁則事項です」



ドアが閉まった。多分もう、追いかけても朝比奈さん(大)はどこにもいないだろう。
久しぶり、か。やはり彼女は少なからずいつかは自分の時代に戻るのだ。多分、ハルヒの力が消えるか、高校を卒業してからか。そして、その何年かあとに会ったのが、今さっきということになるのだろう。
本当に16か17歳ということはないだろう。一体彼女にとって今から何年たったのだろうか。いや、未来の時間で考えると何百年あとってこともないとは言えないんだろうが。
いつもとかわらない(ただし眼鏡はない)顔で部室に入ってきた長門と2、3言交わして教室に戻った。やっぱり眼鏡は無い方が良いと思う。眼鏡フェチには悪いが。
そして教室の前で怒り顔でまっていたハルヒに、俺はついに今日は昼飯を食いっぱぐれることを認識した。すでに諦観の域である。
「どこいってたのよ!」なんて怒るハルヒに引っ張られ、例によって例の如く薄暗い階段の踊り場に拉致された。まあハルヒの言いたいことを簡潔にまとめると、

・朝倉の転校は急なものであり、朝になって父親から電話があって初めて教師も知ったものらしい。
・引っ越し先はカナダで、連絡先も誰も知らない。
・怪し過ぎるから朝倉の元の部屋に行って調べよう。もちろん俺も。

何を言っても無駄だと悟りきっている俺は、部室へと取って返し、長門に今日は休みだと伝え、古泉と朝比奈さんに伝えるように言った上で、部室に張り紙をして教室に戻った。弁当? 勿論合間の休み時間に食ったさ。

朝倉の部屋があったと言う一度訪れたことのある、長門も住んでいるマンションでは、何も情報は得られなかった。唯一あった情報と言えば、長門の「気をつけて」という警告だけだ。はてさて、どうしたものか。…というか、あのマンション全部情報統合思念体が住んでます、とか言うなよ?


ハルヒの長い独白のような台詞を聞いてしばらく立ち尽くした後、家に帰った俺の目の前に古泉が現れた。やれやれ、今日は忙しい日だな。

「こんにちは。…いえ、こんばんは、でしょうか。とにかく、お待ちしてましたよ」

数年来の友のような笑顔が白々しい。完璧な下校スタイルで、馴れ馴れしく手まで振ってきやがった。

「いつぞやの約束を果たそうと思いまして。…意外と早かったですね」
「俺がどこに行って何をしてたか知ってるような口ぶりだな」

某ファーストフード店の店員のような笑顔を浮かべた古泉は、

「少々お時間をお借りしてもよろしいですか?案内したい所があるんですよ」
「ほお?借りるってことは返せるんだろうな」

そう言うと困ったように肩を竦めてみせたあと、

「失礼。では、お時間をいただけますか?」
「涼宮がらみで?」
「涼宮さんがらみで」

と古泉は頷いた。仕方なく俺は1つ溜め息をつくと玄関をあけ、丁度出て来た妹に遅くなる、とだけ告げると鞄を置いて古泉の所へとって返し、数分後には車上の人となっていた。
またありえないタイミングできたタクシーを古泉が止め、俺と奴の二人を乗せて車は国道を東へ走っていた。おいおい、また遠い所まで行くじゃないか。古泉が口にした地名は県外にある大都市のもので、電車で行った方が遙かに安いが、どうせ払いは古泉持ちだ。俺が気にしてもどうにもならん。

「で、いつぞやの約束って?」
「超能力者ならそれらしく証拠をみせてみろ、とおっしゃったでしょう?丁度良い機会が到来したものですから、あなたに少々お付き合い願おうと思いまして」

はて、約束、というほどの約束をした覚えは無いがな。まあ突っ込まないでおいてやろう。

その後もぐたぐだと俺への嫌味のようなものを織り交ぜた長話が繰り広げられ、いい加減飽き飽きしてきたところ、運転手が停止を告げた。車が止まり、ドアが開かれる。ちょっとVIPな気分。
雑踏の中に放り出された古泉と俺を置いて、タクシーは料金を受け取ることも無く走り去るが、俺は驚きもしなかった。



周囲の街に住む人間が街に出る、といえば大抵こんな場所を差すだろう。私鉄やJRのターミナルが連なり、デパートや複合施設、高層ビルにマンションが建ち並ぶ日本有数の地方都市。せわしなく動く人間を夕日が彩るスクランブル。一体これだけの人間がどこから湧いて来て、どこへ帰って行くんだろうな。

「…ここまでお連れして言うのもなんですが」

横断歩道の真ん中で、古泉が振り返りながら言った。

「今ならまだ、引き返すこともできますよ」
「はん、今更だな」
「…ええ、今更ですね」

ここまで来てじゃあ帰ります、だなんて骨折り損のくたびれ儲けだ。そんなことを考えていると隣を歩く古泉が俺の手を握った。何のマネだ。気持ち悪い。

「すみませんが、しばし目を閉じていただけますか。すぐ済みます、ほんの数秒でね」

一抹の不安を感じない訳ではないが、いいだろう。俺は素直に目をつむった。大量の靴音、絶えることのない喧騒、車の音、生温い手の感触。
古泉に手を引かれ、一歩、二歩、三歩。ストップ。

「もうけっこうですよ」

俺はそっと目を開いた。




世界は一面、灰色に染まっていた。



「、な…」

暗い。思わず空を見上げる。あれほど橙色に輝いていた太陽はどこにもなく、空は色だけなら雨が降る前の曇り空に似ている。雲では、ないだろう。どこにも切れ目のない平面が彼方まで広がり、周囲を覆い尽くしている。太陽の代わりに暗灰色の空が淡く青っぽい燐光を放って、かろうじて世界を闇から救い出していた。
誰もいない。音も無い。すくなくともこの辺りには俺と古泉しかいない。あれだけ居た人は、誰もいないのだ。
存在の名残も無く消えた人々の代わりに、信号機だけが虚しく点滅し、今、赤になった。走り出す車は、一台もなかったが。こんなんでも、電気は通ってるんだな。

「次元断層の隙間、我々の世界とは一枚隔たった、閉鎖空間です」

古泉の静かな声がやたらと大きく大気と耳を振るわせた。この世界は、静かすぎる。言うなれば、開演前の映画館のようだった。

「ちょうどこの横断歩道の真ん中が、この閉鎖空間の《壁》でして。ほら、このように」

古泉の手が何か弾力のあるものに押し返されるかのようにして空中で止まる。俺も試しにやってみるが、冷たい寒天のようなものに阻まれた。
戸惑う俺を無視して古泉は再び語り出しながら歩く。一つの雑居ビルの屋上に上ると、ようやく本題が始まったらしく、古泉が口を開いた。

「…始まったようです、後ろを」

見た。






遠くのビルの隙間から、青く光る巨人の姿が見えた。




それはただひたすら大きく、ビルより頭一つ分くらいはでかかった。驚く俺をよそに古泉はまた説明を続ける。
説明の合間に古泉が指差した方を見れば、巨人の周りにさっきまで無かった赤い光が飛んでいた。巨人に比べればごま粒のような、小さな球状の赤い光。5つまで数えて、やめた。早すぎて目が追いつかない。それほど多くはないようだが。衛星のように巨人を周囲するそれは、まるで巨人の行く手を遮っているかのようだった。

「僕の同志ですよ」

光の粒は巧みに巨人の腕をかわしながら急激に軌道を変えて巨人に特攻していた。巨人の体はまるで空気で出来ているようで、やすやすと光は巨人を貫く。
しかし巨人はそれを意に介さず、大雑把な動作でひとつ、またひとつとビルを倒壊させていく。複数の赤光が一斉に攻撃しても変わらず、早すぎてレーザーのように見える光に貫かれても、遠目からではまったくダメージがないようにさえ見える。いや、実際おそらくそうなのだろう。

「さて、僕も参加しなければなりません」

ぶわ、と風が広がる。振り向くと、古泉は赤い光に包まれていた。オーラを可視できるとすれば、まさにこんな感じなんだろうと思った。発光する波はたちまち古泉を呑み込み、俺の目の前に立っているのはもはや人間ではなく、ただの大きな赤い光の玉だった。
デタラメだな、もう。この目で見てしまったからには、CGだと誤摩化す事さえできない。
ふわりと浮き上がった玉は俺に目配せするように二三度ばかり左右にゆれると、残像すら残さず一直線に巨人に向かっていった。
古泉のなれの果てを加えた赤い集団は絶えず動くせいで総数を数える気にすらなれないが、やはりそれほど多くはない。果敢に巨人へ体当たりをかましているものの、何かしら効果を与えているようには見えない。と、そのうち1つの玉が巨人の腕に取り付いて、ぐるりと一周した。
ゆらぁり、と巨人の片腕が切断され、音も立てずに地面とぶつかる、かと思いきや、青い光がモザイクのようになって空気に解けて消えて行く。切断部から青い煙がゆっくりと滴っているのは巨人の血液なのだろうか。まあ、幻想的と言えなくもない。ちょっと某ジ○リ映画に出てくる森の神様なんて思い出さないでも無いが。
それを見たせいか他の玉も突撃から斬撃に攻撃方法を変えたようで、巨人にとりつくと、それを切り刻み始める。赤い線がいくつも走り、その度に巨人は崩れ落ち、次々と体をモザイクと化し消滅させていく。
辺り一面が荒野と化し遮蔽物がなく、俺は一部始終を観戦していた。体の半分以上を失ったと同時に、巨人の全てが崩壊する。ゆっくりと崩れ落ちるようにさらさらと消滅していき、後はただ瓦礫の山が残った。
上空を旋回していた赤い光たちも同時に四方に散開し、その中で1つだけ、俺の方へ向かって飛んでくるものがある。俺のすぐ傍に着陸すると、赤い光は段々と弱くなり、後にはさらりと髪を払い、いけすかない笑みを俺に向ける古泉の姿があった。

「お待たせしました」

あれほど素早い動きを見せていたというのに、息1つ乱れていない。

「別に待っちゃいないがな」
「そうですか? これからもっと面白いものが見れますよ」

そう言って空を指を指す。お前の面白いは信用出来ないがな。俺は溜め息でもつきたい気分でダークグレー一色に染まった空を見上げ、それを見た。
最初に巨人を見た辺り、その上空から光が漏れていた。亀裂が入っている。卵から孵化しようとする雛がつついたようなひび割れ。亀裂はみるみる間に蜘蛛の巣状に広がっていった。

「あの青い巨人の消滅に伴い、閉鎖空間も消滅します。見ていて下さい、ちょっとしたスペクタクルですよ」

古泉の言葉が終わるかどうかといううちに、亀裂は灰色の空間を覆い尽くしていた。ちょうど金属製のザルを頭から被ったみたいな光景だ。網の目が細かくなっていき、ほぼ黒い湾曲としか見えなくなったその直後、
パリン。
実際音はしなかった。けれど俺はガラスが砕けるような擬音を脳裏に思い浮かべた。天頂の一点から明るい光が一瞬にして広がる。光が降ってくる、と思ったのは間違いで、サァ…っと音がしそうな勢いで世界に光が戻った。
つんざくような騒音に、俺は反射的に耳を押さえた。しかしそれはしばらく無音に近い世界で過ごしたことによる錯覚。日常の喧噪に他ならない。
さっきまでの光景が夢ではないかと思うほど、世界は日常を取り戻していた。だが、俺の前に立つ笑みを浮かべた男が、それを夢ではないと証明しているのだ。

「解って頂けましたか?」

雑居ビルを後にした俺たちの前に嘘みたいに止まったタクシーに乗り込みながら古泉が言う。見覚えのある無口な運転手。「いいや」俺は本心から答えた。
「そういうと思っていました」、と古泉はからかうような笑いを含んだ声で、説明を続けた。俺はただその説明を聞き続け、古泉とぽつりぽつりと言葉を交わした。
最後に一言、困りものです、と呟いて古泉も黙り込んだ。そうして俺の自宅に到着するまで俺たちは日常の風景を黙ったまま眺め続けた。
家の前に車が止まり、俺が降りる際、

「涼宮さんの同行には注意しておいて下さい。ここしばらく安定していた彼女の精神も、活性化の兆しを見せています。今日のアレも、久しぶりのことなんですよ」

なぜそれを俺に言う?俺が注意しててどうにかなるもんじゃないんじゃないか?

「さあ、それはどうでしょう。僕としてはあなたに全てのゲタを預けてしまってもいいと思っているのですが…我々の中でも色々と派閥があり、思惑が錯綜しておりまして」

うやうやしく俺の手をとった古泉はそこで言葉を切り、何を思ったのか俺の手に口付けた。
しかし俺が詰るより早く半分体を乗り出していた古泉は素早く体をひっこめ、タクシーは走り去っていった。都市伝説にありそうな幽霊タクシーを見送るのもばからしく、俺はさっさと自宅に入った。手? もちろんしっかり洗ったさ。












自称、宇宙人につくられた人造人間。自称、時をかける未来少女。自称、少年エスパー戦士。
それぞれに、自称が取れる証拠を律儀にも俺に見せつけてくれた。三者三様の理由で、それぞれが涼宮ハルヒを中心にそれをとりまく組織に属しているらしいが、それはいい。いや、ちっともよくないにしても、百光年譲っていいことにしてみても、さっぱり理解できないことがある。

なぜ、俺なんだ?どうしてそう、皆が皆俺に話す。

古泉曰く、『涼宮ハルヒがそう望んだから』宇宙人未来人超能力者が現在存在している。これから増える予定すらあるかもな。まあそれは置いておいて。

では、俺は?

なんだって俺は超常現象や腐女子の妄想に巻き込まれつつあるのだろうか。100%純正の普通人だぞ。突然ヘンテコな前世に目覚めでもしない限り履歴書に変な能力など書けもしない普遍的な男子高校生だ。そしてハルヒの望むようにゲイなどではなく、まったくのヘテロタイプだ。
これは誰の書いたシナリオなんだ?
それとも誰かに怪しいクスリでも嗅がされて俺は今幻覚を見ているのか。毒電波を受信しているだけなのか。俺を踊らせているのは一体誰なんだ? お前か?ハルヒ。


なーんてね。そんな怪しいもん、知ったこっちゃねぇや。


そもそも俺が悩まなければならない理由は無い。巻き込まれているだけであって、全ての原因はハルヒなんだろう?長門も朝比奈さんも古泉も、俺になんか言ってないで本人に言ってやれば良い。それで世界がどうなろうと、それは俺のせいではなく、ハルヒのせいだ。責任はハルヒにある。
せいぜい俺以外の人間が走り回れば良いのだ。俺が巻き込まれる筋合いは一切ないね。バカらしい。

しかしまあ、そんな風に考えていたのが悪かったらしい。

やはり夏の到来を前倒しすることに決めたらしい季節に文句を言いたい気分になりながらあのくそ長い坂を上り、谷口とくだらない話をし、俺も谷口も普通一般の男子学生であることを感じながらいつもと変わらず俺は登校した。
さしものハルヒもこの熱さには参ったらしく、いつもの元気が無い。朝比奈さんの衣装案の話をしている途中、「そうねえ…あんたの衣装も考えなくちゃ」なんて不穏なことを口走ってはいたが、熱さのせいで空耳が聞こえ始めたということにしておこう。
部室についた後、俺は朝比奈さんのホクロを確かめるためフォルダを開き、それを朝比奈さんにみつかり、じゃれあいのようなことをしていた所、それをハルヒに見つかり、ハルヒを不機嫌にさせてしまったらしい。声が摂氏マイナス273度くらいだったからな。

そう、その日、俺たちは少しいつもと違うことはあれど、いつもと変わらないようなSOS団の活動をして過ごした。そこには空間を歪める情報がどうとかとか未来人の来訪とか灰色の空間と青い巨人と赤い玉の集団も何も関係なかった。やりたいこともなく、何をしていいかもわからず、何をするべきか考えようともしない、ただ時間に流されるばかりの普遍的な高校生活。当たり前の世界、平凡な光景。
どことなく物足りなさを感じつつも、日々の生活が崩れ去る事を嫌い、「なあに、まだ時間はあるさ、いつだって出来る」と自分に言い聞かせ平凡を繰り返す。
それでも俺は充分楽しいと感じていた。登校して谷口や国木田と無駄な話をし、放課後は無目的に部室に集まり、ちょこまかと動く愛らしい朝比奈さんを眺め、黙々と本を読み続ける長門を眺め、人畜無害に見える古泉の微笑みを眺め会話を交わし、ころころと百面相をするハルヒの顔を眺めるのは、それはそれで非日常、特別な空間のような気がして、俺は妙な満足感を感じていた。それに何より、それこそ青春らしいではないか。高校生なんてそんなもんだろ。クラスメイトに殺されそうになったり、灰色の閉鎖された空間で暴れる化け物に出会ったりなど、そうそうあってたまるかと言う話だ。幻覚や催眠術や白昼夢じゃない限りは。
涼宮ハルヒとその一味と言われるのは普通一般人代表の俺としては少々業腹だが、まぁこいつらに付き合ってやれるのは俺だけだろう。そう思うと少々優越感を感じないわけではなかったし、誰もが敬遠しながら本当は混ざりたいと心の何処かで思っているだろうということは少なからず感じていた。なぜ俺なのかという疑問はこの際脇に置いておく。そのうち俺以外の参加もあるかも知れんからな。
そう、俺はずっとこんな日が続けばいいと思っていた。そう思うだろ?普通。それなりに楽しかったのだ。無茶な事ばかりやらされていても、俺は充実していると感じていた。
しかしそう思わない奴がいた。 決まっている。涼宮ハルヒしかいない。


夜になってなんのかんのを済ませ、寝ようかと思った所で俺は長門に押し付けられた本をひも解いていた。断じて言っておくがBLな本ではない。また別の分厚い本だ。分厚い本というのは少し苦手なのだが、読んでみれば案外面白く、すいすいとページが進む。いいね、読書は。実に素晴らしい。現実逃避にはもってこいである。
段々と眠たくなって来たため俺は適度な所で本を閉じ、長門の文字が刻まれたしおりをはさみ本を閉じ、電気を消すと布団に潜り込んだ。まどろみ数分、読書のおかげか俺は寝付きよく眠りに落ちた。




ところで人が夢を見る原理はご存知だろうか。まあ、知らなかったとしても説明するのは面倒だから、自分で適当に読んでくれればいいと思う。ぐだぐだと説明したところで、そんなことはどうでもいいのだから。

「起きて下さい…」

誰かが肩を揺すっている。うざい。眠い。俺は眠たいんだ!寝かせろ。

「…起きて下さい」

目覚ましはまだだろ。何度鳴っても大抵止めちまうがな。お袋に言われて妹が面白半分に起こしに来て俺を布団から引きずり出すまではまだ結構時間があるはずだ。

「お願いです、起きて下さい」

いやだ。俺は寝ていたい。おかしな夢を見ている暇もないんだよ、こっちには。ゆっくりと睡眠くらいとらせろ。

「起きて下さい、でないとキスしますよ」

がばぁっ!と音がしそうな勢いで俺は飛び起きた。直後、ごちん、と鈍い音がして再び床に沈む。後頭部まで固い地面に打ち付けてしまった。…固い地面?

「い、たたた…やっと起きて下さいましたか」

上半身を勢い良く起こし直した俺の目の前で、制服姿の古泉が額を押さえていた。…なんか色々突っ込みたいが置いておこう。突っ込むとよくない予感がする。

「ここ、どこだかわかりますか?」

解る。学校だろう。明かり1つ灯らない夜の校舎が―――――違う。俺は反射的に否定していた。今俺たちがいる場所は…

「そう、閉鎖空間です」

俺の表情を見て悟ったのか、古泉が言葉を続けた。

「今日も出動があるといけないと思ってラフな格好で待っていたんですがね。転寝をして目覚めたらこの状態ですよ。隣には制服姿のあなた。よく見れば僕もいつの間にか制服ですからね」
「わからなかったのか、発生の瞬間とか…」
「残念ながら、初めてです。仲間との連絡も繋がりそうにありませんしね。学校に入っても、恐らく電話は通じないでしょうね」

古泉はお手上げとばかりに肩をすくめて見せた。お前がそんな状態でどうするんだよ、この空間のエキスパートだろ。

「今回ばかりは例外ですよ。意識的に涼宮さんの力が働いているようです」
「つまり、今回お前は役立たずか」
「仰る通りです。返す言葉もありませんね」

ただこの閉鎖空間の大きさは理解しています、と古泉は続けた。どうも学校の敷地に沿うように閉鎖空間は発生しているらしい。

「しかし…まさか僕とあなたが、とはね」
「…どういう意味だ」
「このような状況になるのならば、あなたと涼宮さんだとばかり僕は理解していたからですよ」

つまりこれはハルヒの望んだ状況だといいたいのか。

「その通りです。彼女が望むことをしない限り…ここから出ることは出来ないのでしょう」

部室に向かって歩きながら俺たちは会話を続けていた。暖かみの無い人工的な光さえ、灰色一色の空よりはマシだと思った。
誰もいない。俺たち以外が消えてしまったようだ。

「正確には、僕らが、消えてしまったのでしょうがね」

その意見には賛同する。部室につくといくらか落ち着いた。自分のテリトリー内だからだろうか。

「飲むか?」
「いただきましょう」

茶をついでいつもの定位置にお互いが座る。茶を一口飲むが、うまくないな。

「そうですか?充分美味しいと思いますよ」
「お前実は味オンチだろ。日頃良いもん食ってそうなくせにな」
「そうでもありませんよ」

軽口を叩き合えるくらいには余裕らしい。しかし古泉の顔には若干焦りが浮かんでいた。

「どうした」

俺がそう問いかけると古泉はいくばくか驚いたようだった。いつもの取り繕うような笑みが消えている。

「やれやれ、あなたに見抜かれてしまうとはね。…実は今、ここは閉鎖空間でありながら、僕は能力が使えないんです」

今度は俺が絶句する番だった。これで《神人》が出て来たらどうするんだよ。

「そうなったら、二人で愛の逃避行と行きますか?」
「アホか」

俺は本気で溜め息をついた。こんな時に冗談を言っている場合ではない。

「それが冗談でもないんですよ。どうやら涼宮さんは本気で新しい世界の創造を始めてしまったようなので」
「なんだって?」
「僕とあなたがその新しい世界の人間に選ばれたということでしょうね。我々の神はこれを夢だと認識し続けるかもしれませんが、少なくともこちらが新しい世界へすり替わる。…そこに涼宮さんが存在しないとしても、ね」
「そうなった場合俺たちはどうなるんだ」
「現実の人間としては存在しなくなるのではないでしょうか。もしくは、僕たちと同じような別の人格がまた現実として創られるか、でしょうね」

冗談じゃない。俺は、俺たちはオモチャじゃないんだぞ、ハルヒ!

「その新しい世界が創られるってのを信じるとして、どうしてお前と俺なんだ」
「お解りになりませんか?」

いや、予想はついているんだ。的中させたくないだけで。

「では、手短に。涼宮さんは腐女子、という属性の方ですから。…これで全ての説明がつくでしょうね」

笑えない冗談だな。

「あなたは冗談だと思い続けたいのでしょうが…残念ながら僕たちにとっては今が現実です」
「このままお前とずっと二人きりとか言うんじゃないだろうな」
「その時はその時でしょう、アダムとイヴです、産めや増やせやでいいじゃないですか。その時は僕の子を産んで下さいますか?」
「…本気で殴るぞ、お前」

まず俺は男だ。何があっても子どもは産めんし、伴侶にお前を選ぶ気もないね。

「冗談です。ですが、そういうこともありうる訳ですよ、涼宮さんが望めば、ね」

ですがまあおそらくは、すぐに見慣れた世界に戻るのではないでしょうかね、と古泉は続けた。案外楽観視してるじゃないか。

「《神人》ともう戦わずに済むのかと思うとちょっと肩が楽になりまして。不安がないわけではありませんがね」
「俺たちは元の世界に戻れないのか?」
「涼宮さんが望めば、可能でしょう。望み薄ですがね。僕個人としてはあの集まりにまだ興味があったので、惜しい気持ちはありますが」

じゃあ少しは戻ろうっていう気力を見せてみろよ。

「それもそうですね。PCの電源でもつけてみますか?長門さんから何か連絡があるやも知れません」

古泉がそう言うなり俺はPCの電源をいれていた。古泉が俺の後ろにまわってくる。PCは起動画面を表示することはなく、黒い画面が広がっていた。一番上にちょこんと白いカーソルがあり、それが音を立てずに動いた。

>みえてる?

俺が呆然としかけている間に、古泉が俺の後ろから手を伸ばして文字を打ち込んだ。

『はい』
>そちらとはまだ完全に時間軸を絶たれていない。でも時間の問題。すぐに閉じられる。そうなれば最後
『どうしたらいい?』

俺は古泉と替わり、打った。

>どうにもならない。こちらの世界での異常な情報噴出は完全に消えた。情報統合思念体は失望している。これでこちらでの自立進化の可能性は失われた
『結局自立進化の可能性ってなんだったんだ?』

という俺の質問に長ったらしい説明が続いた後、ためらうようにカーソルが瞬いて、再び文字が打ち込まれた。

>あなたたちに賭ける
「何をだ」
>もう一度こちらに回帰することを我々は望んでいる。涼宮ハルヒの精神があってこそ、重要な観察対象になりうる。もう二度と宇宙に現れないだろう存在を、失うのは惜しい。わたしという個体も、あなたと古泉一樹には戻って来てほしいと思っている

文字が薄れてきた。カーソルはやけに弱々しく文字を生んだ。

>また図書館に 今度は、三人で

ディスプレイは暗転しようとしていた。色々弄ってみたが無駄だった。最後に長門の打ち出した文字が短く、

>sleeping beauty

と続いた。カカカ、とハードディスクが動き始め、今度こそ普通にPCが立ち上がった。どうしろって言うんだよ、長門。

「sleeping beauty、眠りの森の美女、ですか…」

古泉が思案気な顔をして呟いていたが、古泉の背の方に見えたいくつもの青い光に俺は咄嗟に古泉を引っ掴んで走り始めていた。おいおい、あれはそう何体も出るものなのかよ!

「いえ…こんな光景は初めてですね。just a spectacle! とでも言いましょうか」
「お前、やっぱり余裕だろ…!」

転がるように廊下に出ると同時に轟音が大気を震わせ、俺は庇われるように古泉に押し倒されていた。びりびりと部室棟が揺れ、硬く重たいものが地面に激突する音と衝撃が廊下を伝わって響いた。その度合いからして、攻撃対象はおそらく向かいの校舎だろう。

「行きましょう」

古泉は強めの口調で言うと、今度は逆に俺の手を掴んで走り出した。汗ばんでいるのは俺の手のひらだろうか。
全力疾走で階段へ向かう途中、俺たちは二度目の破壊音を聞く。少しひんやりとした古泉の体温を手のひらに感じながら、階段を駆け下り、中庭を横切ってグラウンドへ出る。古泉の顔は見えないが、どことなく余裕そうに見えた。
とりあえず校舎から離れ、グラウンドの真ん中ほどまで進んで俺たちは脚を止めた。間近で見ると巨人の大きさが良くわかる。次々と破壊される校舎。うすぐらいモノトーンの背景に、そこだけが冗談のように青く浮かび上がっている。
写真に撮るならこの光景だと、俺は思った。コンピ研部長のセクハラ現場でも、朝比奈さんのきわどいコスプレでも、俺がさせられたあほらしい猫耳姿でもなく、この光景だと。
そんなことを考えていた俺の耳に、やけに冷静な古泉の声が聞こえた。

「朝比奈さんからも、何かメッセージを貰っているのでは?」
「…白雪姫」

俺は呟くように答えた。なんなんだよ、その確信したような顔は。

「どうです、あなたは今戻りたいですか。あの世界へ」

古泉は当たり前のようなことを聞いた。ばっちりアイコンタクトつきで。わかりたくはなかったが…なんとなく解ってしまった。

「戻りたいに決まってるだろ。俺はあっちの世界が好きなんだよ。ハルヒがいて、長門がいて、朝比奈さんがいて…お前がいる」

棒読みにならないか心配だったが、俺はこれを夢だと思って聞いているだろうハルヒに向かって言い聞かせるように言った。

「俺は、結構あっちの世界でバカやってるのが好きになってたんだよ。お前のことも、嫌いじゃない。元の世界で、もう一度お前に会いたい」

寒い。自分で言っててかなり寒い。が、これが腐女子様のお望みだと言うなら仕方ないだろう。
古泉が俺の耳に顔を寄せた。近い!近すぎるぞ!

「さて…うすうす気付いているでしょうが、sleeping beautyと白雪姫に共通することはなんでしょうか」

息が多いぞ!というか俺はそれを考えないようにしていたんだ。やめろ!

「けれどこうしなければ元の世界には戻れませんでしょうし…すみません」

そう思うならもっとそう言う顔をしろ!嬉しそうにしか見えん。やっぱお前ガチホモなんだろ!?なあ、古泉!!
そこでほんの少し古泉は俺から離れ、言った。

「いつぞやのあなたの猫耳姿、とても素敵でしたよ。反則的なまでにお似合いでした」

なんだそれは、と俺が抗議する前に、有無を言わさず引き寄せられ、唇に生暖かいものが触れていた。近い、だから近過ぎるって言ってるだろ!思わず俺は目を閉じた。ゆえに古泉がどんな顔をしているかしらず、掴まれた腕をどうしていいか解らなかった。
遠くで轟音が響き、また神人が暴れてるんだろ、なんて現実逃避をしていたころ、不意に無重力下に置かれ、反転し、俺はいやというほど腰を打った。ちょっとまて古泉、ハルヒ!俺はここまで許可するつもりは――――――
そこで目を開いた俺は、いつもと同じ天井を目にして固まった。


俺の部屋。俺の服はいつもの寝間着のスウェットの上下。制服などではない。乱れた布団が俺と一緒に半分以上ずり落ち、俺は馬鹿みたいに床の上から天井をじっと見ていた。
思考能力が復活するまでけっこうな時間がかかった。
夢か、夢なのか?だとしたら俺、けっこう危なくね?
見知った男と二人きり、あげくキスまでしなければ戻って来れない状況下を夢に見るなんて、フロイト先生も爆笑どころか腐女子に話せば踊って喜ぶようなネタじゃないか!
ぐあ、何つー夢見ちまったんだ!今すぐ首つりてえ!もしくは今すぐ飛び降りてえ!
あれが朝比奈さん、もしくは長門なら、いや、ハルヒでもまだましだ。自己分析が出来ただろう。なのによりにもよって古泉だなんて、俺の深層心理はどうなっているんだ。実は気付いていないだけでガチでホモだったのか!?
頭を抱えたまま悶え続け、しばらくして俺はぐったりとベットに寝そべり直した。今だかつてないリアルな感触。まだ若干汗ばんだ手、唇に残るやけに湿った生温い温度。
あ、今なんか猛烈にあれを夢だと思いたくなって来た。俺の深層心理の影響じゃなく、あれは腐女子の影響だと思えば良い。なんだ、それで万事解決じゃないか。
なんて言い訳できるはずもなく、俺は一睡も出来ないまま自分に問いかけ続け、翌日の朝を迎えていた。




教室についたとき、やたらとハルヒはにこにこと機嫌が良さそうだった。なんなんだよ、一体。

「昨日あたし、夢みたのよね。それもかなり良い夢」
「ほー、俺とは正反対だな。どんな夢だったんだ?」

聞かなきゃ良かった。俺はすぐに後悔した。

「古泉くんとキョンが世界で二人きりになって、情熱的にキスする夢!やっぱBLはああいうのでないとね!」

脱力。おかげで朝から授業は寝っぱなしだったさ。





「やあ、どうも。昨日ぶりですね」

トイレの帰りで古泉を見て、俺は顔を歪めた。ハルヒがああ言ってんだ、あれは夢じゃなかったんだろう。

「昨日はご馳走様でした」
「殴って良いか。というか殴らせろ」
「遠慮しておきます。痴情の縺れがどうの…とかは言われたくないので」

さらりと笑って古泉は俺から少し距離をとった。

「これで、僕のアルバイトもしばらくは終わらないでしょう。喜ばしい事にあなたとも長い付き合いになりそうですから、どうぞこれからもよろしく」

ガチホモ疑惑のあるお前からは距離をとりたいんだがな俺としては!

「また、放課後に」

爽やかな笑みが今日ほど憎らしく映ったことは無いね。







さてまあそれからのことを少し話すことにしよう。いつもの如く朝比奈さんを脱がし、着替えさせた後のハルヒは、何を思ったか再び俺に猫耳を無理矢理引っ付けやがったのだ。
それを眺めて古泉はにやにやしていたし、俺がふてくされているのを無視してハルヒは写真を撮りまくっていた。朝比奈さんは和んでおられるようだったし、長門は俺を凝視していた。何が楽しいんだよ、お前ら。
そして解散の前にハルヒを呼び止めた俺は、二人きりで少しだけ話をした。もちろん、宇宙人未来人超能力者の話だ。結果はまあ…言わないでおこう。予想がつくだろうしな。
さて今日は休日であり、しかしながらSOS団の活動日である。長門と朝比奈さんが行けないのは聞いていて、ハルヒと俺と古泉だけか、なんて思いながら駅に向かったのだが。

「どうも、お待ちしていましたよ」
「帰る」
「ちょ、待って下さいよ。そんなに嫌がらなくても良いじゃないですか」

そこにいたのは古泉だけで、嫌な予感がした俺はUターンしようとしたのだが、その前に古泉に捕まった。

「どうせハルヒは来ないんだろ、だったら帰る。団長がいなくて活動する必要があるのかって話だろ」
「それがこれも団長命令でして。僕とあなたで面白いものを見つけてこい、だそうですよ。証拠に二人でまわってる写真を撮ること、だそうで。場所の指定とポーズの指定もあるんですよ」

と言いながら古泉はハルヒの指令書を俺に見せる。公園で寄り添って、だとか二人でアイス食べて、だとか…それって単に腐女子的にBLを追求したいだけだろ!なんて叫びそうになりながら、今日も俺は腐女子ハルヒの思惑に呑み込まれていくしかないのだった。というかこれ、人に撮らせなきゃ無理じゃん!
しかしまあ、最初にすることは決まっている。

「とりあえず古泉、一発殴らせろ」














腐女子ハルヒの溜息→














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