ノスタルジア〜永遠〜・舞台裏
さてまあハルヒが映画を撮る、なんて言い出して、俺たちは休日だというのに部室に来ていた。ハルヒの話によれば、冬休みを潰してでも撮るらしい。返してくれるんだろうな、俺の休み。
まずは、春の学校。今冬だぞ。なんて突っ込みは無視。あまり外の風景は映さない方針らしく、まあ映ったとしても適当にCGとかで加工しちゃえばいいでしょ!なんてアバウト過ぎる。大丈夫か?
「古泉一樹です…よろしく」
俺の出番はここからになる。映画は「一樹」の一人称で進むらしい。前みたいにナレーション入れずに済むのは楽だがな。とりあえず古泉との会話のシーンまで俺の出番は無い。
この後の会話はまあ、最初に古泉に抱いていた感想に近い。演技というのは難しく、普通に演じてみせるお前に驚くね、俺は。
「それはそれは、光栄です。あなたに褒めて頂けるとはね」
いつもの帰り道とほぼ変わらない風景を休みの日に演じている俺たちに、周りの視線が集まっている。まあそりゃそうだろう、鶴屋さんはどっから連れて来たのか知らないが、ホントに長編映画を撮るようなスタッフを集めて来たのだから。
「やあキョンくん、古泉くん!じゃんじゃんはりきって演技しちゃってよー、めがっさ楽しみにしてるからさぁー!」
あっはっは!と鶴屋さんは軽快に笑ってみせるが、助監督は楽ですよねー。
帰り道の映像のあとは、市内探検。ここで俺たちは私服に着替え、街に出るが、寒い。設定は春。今は冬。寒過ぎる。
「いいよな古泉お前は暖かそうで」
「そうですか?ジャケットお貸ししましょうか?」
「いい。春らしくしないとハルヒが怒鳴るからな」
河川敷の桜は、もちろん花など付けているはずも無く、更には葉っぱも無い。いいわ、編集するのが楽ね!なんてハルヒは言うが、まあ前みたいに季節外れの狂い桜を見たいとも思わんしな。
気になるのはまあ、俺の演技で、ハルヒは満足しているらしかったが、前の映画が映画だ。ハルヒの目はあてにならん気がする。が、鶴屋さんも朝比奈さんも長門も何か言う様子がないので、放っておくことにする。どうせ俺は見ないしな!
問題は次の夏の話で、休みの間にもう一度孤島へ行くことになった。服装は夏の服装。室内は良いとして、外が寒過ぎるな。
しかしまあ、ハルヒの超常現象はここでも発揮された。あの孤島は夏、とまでは行かないものの、春くらいの暖かさになっていた。どうせ寒いのは嫌だ、なんて思ってたんだろうな。その辺りは多丸氏が「この辺りは冬でも暖かいんだよ」などとごまかしていた。良かったな、孤島。これでお前はこれからも冬暖かい場所になるぞ。
そんなこんなで問題なく撮影は進むかに思われた、が、しかし、ここで重大な問題が発生した。
「こんな台詞、マジにいうのか?」
「マジよマジ。本気と書いてマジ!」
「俺にこんな臭い台詞を言え、と?」
「うん」
やってられるか!と投げ出したかったが、堪えた。棒読みになろうが知ったこっちゃない。
そう思いながら撮影に入ったんだが。
「僕だって感傷に浸りたいときもあります。あなたには関係がないことですから、ご心配なさらないで下さい」
あなたには関係がない、そう言った古泉の一言が、酷く胸に突き刺さった。おいおい、なんでこんな動揺してるんだよ俺。ああほらそうだ、古泉があまりに演技がうまいからだろ。
「…俺に、」
「…え?」
「俺に心配されるのが嫌いか」
どうにか絞り出した台詞は、震えていた。それにつられてか、古泉が固まりかけている。
「これでも俺は…お前の、友人、でいたつもりだ。なのにお前はそんな風にも思ってくれなかったんだな」
意識せず言葉が詰まった。言葉の1つ1つが、重い。
「っちが、…」
古泉は一瞬本気で慌てたようだった。自制しなければ、本当に「違うんです!」と叫んでいたのかも知れない。
「、……同情紛いの友情で関わりを持とうとしているなら、止めて下さい。迷惑だ」
「っ…!」
思わず古泉の顔を凝視して、いても立ってもいられなくなり、テラスを飛び出した。やばい、泣きそうだ。カメラから外れた辺りで、俺はずるずると座り込んだ。なんだよこれ、なんでこんなに、
「凄いじゃない!正直予想以上だったわ!今のは良い映像が撮れたわ!!」
ハルヒはよほど満足がいったらしく、飛び跳ねていた。俺の気分は正反対にどん底で、古泉の足音が聞こえた瞬間、先ほどのが演技だと解っていても逃げ出したくなった。
「お疲れ様です、大丈夫ですか?」
いつもと変わらない、けれどどこか優しく聞こえる声色に安堵した。
「どうやら涼宮さんが映画を成功させる為にあなたの精神が不安定になりやすいようにしているみたいですね。涼宮さんは先ほどのことは全て演技だと思っているようですが、違うのでしょう?」
俺は頷いた。なるほど、そう言う訳か。俺はまたてっきりそんなにも古泉を友人として信頼していたのかと思ったぜ。
「それも多少はあるかもしれませんが…涼宮さんが関わっているのでなければ、あなたもそれほどまでに動揺なさらないでしょう?」
「ああ、まあな」
そう言うことだったのかと納得した瞬間、更にどっと疲れが押し寄せた。…やれやれ、今日はゆっくり休むか。また明後日から学校で撮影なんだろう?
「ええ、そうですね。次は夕暮れ時の学校だそうですから、まだ授業があるような日でも撮れるように設定したんでしょうね」
一日休みを挟んで、次の日の放課後。俺たちは部室にいた。いつもと違うのは、俺と古泉の距離。いつもより遠く、ぎくしゃくしている。
焦れたハルヒが怒り出し、俺たちを部室から追い出す。演技だと解っていても、閉鎖空間が発生しないが心配になるな。それで映画撮影が延びるのはゴメンだ。
「この前はすみませんでした、少々取り乱してしまって。ちょっと気が立っていたものですから」
屋上で古泉に背を向けた俺に向かって、古泉が言う。顔が見えなくても作り笑いなのは見え見えだった。俺は孤島でのメランコリック状態を引きずっているのか、柵にもたれ掛かり、項垂れる。
「…なあ古泉」
「はい」
「同情紛いの友情なら、って言ったよな」
平静を装うので精一杯だった。下手したらまた声は震えていたかも知れない。
「…ええ、すみません、あれは自分でも言い過ぎだと、「そうじゃない、そうじゃなくて」
俺は古泉の言葉を遮った。これ以上嘘の笑顔で嘘を吐いて欲しくなかった。
「考えた。あれから。いつも作り笑いを浮かべていなくちゃなんない場所にいるお前に、俺は同情してたのか、って」
「、…」
空を見上げて呟くように言う。古泉の方を振り向くことは出来なかった。どんな顔をしているのか、見られるのが怖い。
「確かに、そんな部分もあったかもしれない。だけどな、古泉、俺はお前の友達でいたいと思ったのは、そうすることでお前がちゃんと笑えると思ったからだ」
「え、…」
「お前に作り笑いして欲しくなかったんだ。俺たちの…俺の、前で」
俺はわざと言い直すように言った。作り笑いが好きじゃないのは、多分本心だ。理由?そんなことはまだ解らない。ハルヒのシナリオは俺たちの心境に近いものがあって、どちらが本当かわからなくなってきた。
「優越感、だと思ってたんだ、確かにそれもあるから。だけどな、そうじゃなくて、俺は、お前のことが…」
「言わないで下さい!」
珍しく語気を荒げた口調に、俺は驚いて振り向く。あからさまな拒絶に、また泣きそうになる。
…いや、もう涙が溢れ出していた。正直、古泉から見えなければいいと願った。
「っ…そ、っか、そうだよな。悪い、忘れてくれ。 …とりあえず俺はもう、気にしてないから、今まで通り普通にしてくれよ。じゃあ、俺は先に戻ってるから」
どうしようもなく声が震えた。一刻も早く逃げ出したくて、走る。けれどそれは叶わず、後ろから拘束された。掴まれた腕が、痛い。
「は、なせ、よっ…!」
「嫌です」
更に力の籠る腕に、無駄だと知りつつも逃げ出そうと暴れる。そうすれば更に強く抱き締められるというだけなのに。
「っ…離せ、離せ、離せ離せ離せよっ!」
ジタバタと暴れ続けると、不意に、ガッ、と指先に柔らかいものを抉る感触が触れた。古泉の腕はその拍子に緩み、俺はそこから逃げ出すと正面に向き直った。頬からは、赤い液体が流れていた。
「良いんです、このくらい。あなたが負った傷より浅い。痛くもない」
俺が顔面蒼白なのに気がついたのか、古泉が言う。俺は恐る恐る、血に触れた。指が紅く染まる。滲んだ視界からは、ぽろぽろと水が落ちていく。古泉は笑いながら、それを眺めていた。
「っ…バカ、だろ…痛くない訳、ない、っ…」
「だけど、あなたに比べたら、痛くもなんとも無いんです。ごめんなさい、僕の身勝手であなたを傷つけた」
「あや、まる…なっ」
止まらない嗚咽に詰まりながら、俺はまたそっと傷をなぞる。暖かかった。
「好き、です。あなたが」
あまりにもさり気なさすぎて、血を追っていた視線を、再び顔に戻した。それはとても綺麗な、笑顔だった。
「好きです。好きです、好きです、好きです好きです好きです好きです」
呼吸が止まるかと思った。いや、実際止まっていた。苦しいくらいに抱き締められ、俺に水滴が降り注ぐ。
どうにか古泉の抱擁を緩め、俺は古泉の頬を両手で包んで見上げた。「泣くな」。8センチ上から、水が落ちてくる。夕日に染まり、きらきらとしながら。
「…俺も、好きだ」
自然と言葉が滑り落ちた。多分ハルヒの影響だろう。本来の俺はこんなんじゃない。
止まらない水滴を顔に受けながら、笑った。泣き笑い。また、水滴が落ちていく。混ざり合って、落ちる。
古泉の顔が近づく。え、おい、ちょっと待てよ!? 流石にそこで俺の精神は元に戻った。
きゃーー!!なんて黄色い悲鳴が少し遠くで聞こえた。これ、編集で消されるんだろうな。後数センチもない距離で止まった古泉の顔を押しのけたい気持ちを抑えながら俺はぼんやりと思った。
「これなら、遠くからのアングルだとキスしているように見えるでしょう?」
「顔が近い息吹きかけるな…!」
マイクに声が入らないように精一杯小さな声で叫ぶ。カーット!という超監督様の声が響くと同時に、思い切り古泉を突き飛ばした。やれやれ、すっきりしたぜ。
「っ…とと、酷いですねぇ」
何をいう。これくらい予想済みだろ。
「いえいえ、あなたの泣き顔には驚かされましたよ、まさかあそこで本当に泣かれるとは」
「うるさいだまれっ!」
ついでとばかりにもう一回殴っておいた。向こうでハルヒたちはなにやら騒いでいたが、長門の一言で沈黙。大方ホントにキスしたかしてないかの話だろうな。
「まあいいわ!今度は恋人同士になってからの話だから、覚悟しときなさい!」
そんな覚悟できるならこれからもしたくないね。赤く腫れぼったい目を暖めながら俺はそう思った。
さて、映画の方もそろそろラストシーンへと近づきつつある。今回の撮影は秋から冬にかけてで、まあ今の季節だから丁度いい。
「今回は初デートがテーマよ!しっかりやんなさいっ!」
ハルヒがノリノリなのは解るが、古泉もどことなく浮かれている。別にホントのデートって訳じゃないんだからな、勘違いするなよ。
「わかっていますよ」
そういうならいい加減そのにやけ顔をどっかに仕舞え。鬱陶しい。
「…ったく、はしゃぎすぎだろ」
自然と滑りだした言葉。鬱陶しいと思いつつも、繋がれた手を振り払う気にもなれないのはなんでだろうな。
デートの行き先は映画館。実際に話題の恋愛映画を見た。話題になるだけあって、思わずボロ泣きしちまった。
「あー…なんかホント俺情けない。泣き過ぎだろ」
「そうですか? でも僕も原作を読んだときは凄く泣きました。あの方の本は凄く好きなんですよ」
「へー、原作も気になる。今度貸してくれよ」
「いいですよ。あ、喉が渇いてませんか?何か買って来ますね」
「あ、良いよ、自分の分くらいは…」
その時ひらりと財布に入れていた映画のチケットが落ちた。ハルヒの指令で入れていたんだが、思わず慌ててしまう。
「いやあの、別に深い意味はなくてだな…、」
別に俺が入れたくて入れたわけじゃないんだが、慌てて弁解してしまう。くそ、これじゃますます俺が記念にとっておきたかったみたいじゃないか。
しかし古泉はにっこり笑うと、財布から同じものを取り出してみせた。うわ、なんだよこのホントに付き合いたてのバカップルみたいな感じは。
「また一緒に来ましょう。来年も、その先も」
「…ああ」
優しく微笑む古泉に、俺は頷いた。そうだな、来年も、この先も、また皆で今みたいにばか騒ぎ出来たら良いな。
そしてまたハルヒはここでとんでもないことを言い出した。
「どっか適当な場所に二人の名前彫りなさいよ。その辺の柱とか」
お前な、器物損害だぞ!
「良いじゃないの、電車とか乗って見なさいよ、窓の所とかラクガキし放題じゃない!」
そうだった、ハルヒに常識は通じない。古泉はイエスマンだし、長門は「…ユニーク」、朝比奈さんは「ロマンチックですねぇ〜」なんて言っているので反論を期待しても無駄だ。
「さ、ほらほら!とっととやっちゃいなさいっ」
そして市内の映画館傍の柱に俺と古泉の名前が刻まれた。いわゆる相合傘。寒い、寒過ぎる。
「じゃあ次!海行くわよ、海!」
というハルヒの言葉により移動開始。電車を一両貸し切り、海に行くまでの道のりを撮影する。
海についてからは適当に古泉と海をぶらつく。秋の海だからか、人は殆ど居らず、ほっとした。案の定子どもらしい遊びを全然知らないらしい古泉に、俺は色々レクチャーしてやる。
貝殻から聞こえる潮の音に、古泉が目を輝かせていた。海、好きなのか?
「ええ、まあ…好きな方ではありますね。動物園よりは水族館の方が好ましいと思いますよ」
「静かな場所が好きそうだもんな、お前」
いや、好きそうというよりは、騒がしい場所にいる古泉というのもあまり想像出来ないからなのだろうか。
それからは砂山を作って遊んだりした。久しぶりにそんな子どもっぽい遊びをしたせいか、中々楽しかった。その後は鶴屋さん提供という、四季折々のセットのあるスタジオで色々と撮影した。花見の出来るセットや、月見や雪のセット。夏の海は長門が孤島のときの記録があると言ってそれを持ち出して来た。どうでもいいが、いつの間にビデオをとっていたんだという突っ込みはなかったんだろうか。突っ込まれても困るがな。
古泉の部屋や俺の部屋を想定したセットまで用意されていた。結構自分の部屋に近いものがあり、ハルヒの観察眼というものは本当に侮れない。
そこで一年と二年の時期がすぎ、もうすぐ三年になる、という次期までシーンが飛ばされた。このままぐだぐだと俺と古泉のデートシーンを続けてもマンネリ化するだけ、という監督からの指示だからだ。
それは進路問題のシーンで、俺もふと考えさせられた。今はまだ一年だから遠い話だと思えてしまうが、卒業したら朝比奈さんはどうするんだろうか。ハルヒの力はいつまで存在するのだろうか。長門は?そして、古泉は?俺たちはどうなるのだろうか。
考えても仕方がない。そんな考えを振り切って俺は演技に集中した。
そして場面が切り替わる。特別ゲスト、もとい古泉の監視役として森さんと新川さんが呼ばれ、いつもと少し違う高級車での登場となった。
どうやらこの映画の設定では古泉はどこぞのお坊ちゃまらしい。というか、元々の育ちがそうっぽいと思わないでもないが。ハルヒも同意見なのかも知れない。
しばらく続く古泉と森さんの会話に寒々しささえ覚えた。ちょっとダイヤモンドダストっぽいものが見える気がするんだが…気のせいだよな。
と、古泉から電話がかかってくる。ちなみに今は夜のシーンで、長門のマンションの前。俺は少し離れた場所で、古泉からの電話をとる。
「…もしもし?どうした、古泉?」
『…少し、声が聞きたかったんです』
今日は会えませんでしたから。そう言った声は、震えていた。何かを堪えるような、悲痛な声。
「…お前、今どこだ?」
『家、ですけど…』
「今すぐ……公園に来い。良いな!」
『え、あの…っ』
一方的に電話を切り、長門でお馴染みの公園へ走る。少しすれば、同じ道を古泉が走ってくるはずだ。
そして、そう時間はかからず古泉がやってきた。
「…ばか、なんて、顔…してるんだよ…」
泣くことを堪える子どものような顔だった。入り口で立ち尽くしたままの古泉に、近づく。そっと首に腕を回し、そしてぎゅう、っと力強く抱き締めた。
「俺は、ここにいるから」
そう言った瞬間、古泉が俺を強く抱き締め返して来た。苦しい。けれど振りほどくことも、抗議の声を上げることもしない。
「キョン、くん…」
涙まじりの声だった。ぽつぽつとこぼれ落ちる生暖かい水が、肩に沁みを作っていく。
「…うん」
「キョン、くん、キョンくん…!」
「ここに、いるから。一樹」
初めて古泉の名前を呼ぶと、少しだけくすぐったい感じがした。古泉の腕がゆるみ、少しだけ離れたと思うと、顔が近づく。え、おい!?
「んっ…! 、っ、」
「っ…」
キス、された。前みたいに寸止めじゃなく、本当に唇が触れ合う。あの夢だと思いたい閉鎖空間のときより、強く。
ぐ、と古泉を押し返すと、離れた。一安心して息を吸ったのもつかの間、半開きになった唇がふれ、舌が侵入してくる。おいおい、待てよ、やぶからぼうになんだこれは!?
「ん、んぅ…っ…ふ、は…ん、んっ…!」
「っ、ふ、ん…」
息も出来ず苦しいくらい、古泉の舌が口内を荒らす。驚きと苦しさで、抵抗すら忘れてしまったらしい俺の腕は、古泉のシャツを縋るように握りしめるのが精一杯だった。
長い長いキスの後、古泉はもう一度俺を抱き締め、耳元で言った。顔は、見えなかった。
「…さようなら」
不意によりどころを失い、体が崩れ落ちる。いつの間にか古泉は俺の前から消え、俺は公園の地面に座り込んでいた。
なんだよそれ、なんなんだよ、おい!
「カーットッ!!」
喜びが声まで溢れた監督の声で我に返った。そう言えばこれ芝居だったんだった。さきほどとは違う怒りが沸々と湧いてくる。
「凄い良かったわよ古泉くん!やっぱりあそこはああでなくっちゃね!!」
「ちょっと待てハルヒ!俺はあそこまでやるなんて聞いてないぞ!!」
ふらふらとした足取りでハルヒの元へ向かう。くそ、微妙に足腰立たなくなってやがる。
「そりゃそうよ、あんたには知らせてないもん」
なんだと?
「だって言ったらあんた絶対拒否したじゃない。前だって寸止めまではいけたんだから何にも知らせないで古泉くんの勢いだけで言っちゃえばキスできるんじゃないか、ってことで言わなかったのよ。作戦大成功!ってやつねっ!」
ハルヒは誇らしげに言うが…ファーストに続きセカンドまで男、しかも両方ともこいつ。その上二回目はディープなんていう体験をしちまった俺にどう責任とってくれるんだお前は!
「うーん、なら古泉くんと行くトコまで行っちゃえばいいじゃない」
「あほか!」
ハルヒにこれ以上何言っても無駄だと思った俺は矛先を古泉へと向けた。俺たちから少し離れた場所で現状を見ていた古泉は、俺が向かっていくのを見て流石に少しだけ顔色を変えた。
「こーいーずーみー」
「いやあ、すみません。僕としても止まらなくなりまして」
「笑ってすまされる問題か!」
「しかし僕としても涼宮さんから精神的な影響を受けていないわけじゃないんですよ、それに相手があなたですから」
普通相手が俺なら余計いやだと思うんだが。
「…そんなに嫌でしたか?」
そう問われると、少しだけ返答に困った。嫌かと問われれば…多分嫌だと感じたと思う。が、気色悪いというほどか、と言われるとそうじゃない。古泉を避けようともかかわり合いにならないでおこうと思う訳でもない。
それに本当に嫌なら俺は本気で突き飛ばすなりなんなりして逃げたんじゃないだろうか。ハルヒの精神影響がある上に、驚いていたとはいえ、それが出来ないような状況ではなかったわけで……え?
「え…あ、…え?」
「あ、あの…?」
ない、それはない!絶対にあるわけないだろ俺!マジない、それは本気でない!
「あの、キョンくん顔が…」
「っ…!!」
古泉の手が俺に触れ、びくりとなってそれを振り払う。
「い、嫌に決まってるだろ!!」
撮影も終わったから俺は帰る!! そう言い返すのが精一杯で、俺は走って逃げ出した。解ってる、誰が見ても異常なくらい顔が赤いだろうことは。
だってそうだろう? ホントは思ってたより嫌じゃなかったんじゃないか、なんて、あるわけない。
古泉のことが好きなんじゃないかとかそんなことあるわけない!友人だと思ってるからあそこまでは許せたんだよ!
そう自分に言い訳するので、精一杯だった。
さて撮影も終盤である。まず古泉のシーンから始まる。俺はしばらくお役御免らしいが、先に1つ、ハルヒの命令でしかけをしておくことになった。まったく、と思いつつ書き殴るような形で二人の名前の下に文字を掘る。
古泉と言えば社会人のような姿に着替えていて、違和感を感じないあたりやっぱりこいつ年齢を偽ってるんじゃないか、と思う。実際俺たちより年上だろお前。
「さあ、どうでしょうね?」
にっこりと笑う姿からは、真意はわからない。まあいいさ、どうでも良い話だしな。
あれだけ動揺して逃げ出した俺のことを、古泉は突っ込まなかった。それどころか何もなかったかのように振る舞っている。正直言って助かった。映画の演技のことで向こうも精一杯だったのかも知れんな。
海までの5kmの道を延々と走らされる古泉も大変だが、俺も精神的に大変よろしくないことをやらされることになっていた。しかしまあ、逆らえないことは超監督様の満面の笑みが物語っていたし、長門も朝比奈さんもやる気まんまんで、下手したら長門が俺を操るくらい簡単にやってみせるかも知れない。諦めることにした。
「キョン、くん!」
夕焼け色に染まる海辺で、古泉が俺を呼ぶ。俺はゆっくりと振り向いた。
「おせーよ、馬鹿」
俺がそう言うと古泉が走り寄ってくる。監督の指示ではそんな強く殴らなくても良いらしいが、色々ともやもやしてた俺はとりあえず結構強めに殴ってみた。古泉が少しだけ痛さで呻く。
「アホ。これでも手加減したんだ」
「キョン、くん、どう、して…」
「色々と、長門に調べてもらったんだよ。それで、お前のこと色々知った。本当はお前の口から聞きたかったけどな」
「すみません…」
謝るな、ばか。俺がそういうと古泉は情けなさそうに笑った。俺は盛大に顔をしかめた。
「お前は本当に馬鹿だ。アホな上に馬鹿でどうしようもない大バカだ」
「す、すみません…」
「謝るところがさらに馬鹿だ。他にいうことあるだろ」
俺がそう言うと、伸びて来た腕が俺を捉え、強い力で拘束された。痛い、苦しい。言わないでおいてやったが。
「さようならだなんて、嘘です。愛してるんです、あなたを」
古泉は何度も繰り返し、俺に言う。本当にそんな気分になりそうで、慌てて意識を引き戻した。ハルヒの精神操作に引っ張られるな、俺。
「…それで良いんだよ。そう言ってくれたら、俺は一緒に戦うから。一緒に、お前とずっといるから」
自分を誤摩化す為にも、ぎゅう、っと力一杯抱き締め返してやった。ぱたり、と背中にぬるい水が降ってくる。おいおい、また泣いてんのか。演技なのかマジなのか気になる所だがな。
さて、問題はここだ。俺は意を決して古泉を目を合わす。
「俺も、愛してる、一樹」
俺から顔を近づけ、キスをする。唇が自然と震え、ほんの少しだけ触れ合った。これで満足しろよ、ハルヒ。俺には限界だ。
「…愛しています」
ここで監督のカーット!という声が入る。ふう、やれやれ。どうやらあれで満足いったらしい。古泉のニヤニヤ顔がムカついたので足を踏んづけてやりつつ、ハルヒたちの所へ向かう。
「で、これで終わりか?」
「…あんたちゃんと台本読んでないでしょ」
半眼で睨みつけられる。ヤバいか?と思ったがハルヒはま、良いでしょ。と言って引き下がった。
「あとは適当にその後の同棲の話ね。あ、キスシーンも一回最後にあるから。で、次の映画なんだけど…」
「ちょっとまてさらりと流すなキスの話題を…って、え?まだあるのか?」
「あんた忘れたの?あっきれた。自分が主演だって言うのによくそこまでのんびりしてられるわね」
「は?なんの…」
何の話だ、と言いかけてひっかかるものがあった。まさか。
「やあっと思い出したみたいね!じゃあ早速行きましょ!衣装は鶴屋さんが用意してくれたのよ。メイクもばっちりやってくれるってっ!」
「は、おい、ちょ…まてよ!?」
そうしてずるずると引きずられ着替えさせられメイクまでされて約一時間。鏡の前に立っているのはもはや俺ではなかった。というか、俺だと思いたく無い。
着ている服は北高の制服。ただし女子の。頭はヅラを被せられ、髪型はポニーテール、足はオーバーニーソックス。絶対領域じゃん!ってちがーうっ!
「なんのつもりだこれは!?」
「『キョン少年の災難』用の衣装よ」
台本を読んでみるとそこには『キョンという名の少年は普通の男子高校生だったが、ある日突然体が女の子になってしまった。元に戻る為には同級生の古泉イツキ少年とキスをしなければならない。さあ、どうなるキョン少年の運命は!?』と書かれている。因にシナリオにはデートのシーンもあるため私服姿もあり、と書かれている。キョン少年も元は男の体なんだから私服は勿論ズボンだろう。期待しておく。
「カメラマンがみくるちゃん、ナレーションとか補佐が有希。監督はもちろんこのあたし!」
ははぁ、なぁるほど。だから俺は女子制服を着せられシリコン入りのパッドを胸に詰めたわけだ。…納得いくわけないだろうがっ!!大体どうして女になるのが古泉でなく俺なんだ!
「あ、面白いわねそれ。第二段はそれで行きましょ」
ハルヒの言葉に俺はがっくりと項垂れた。少なくともあと二回はこいつとキスしなければならないらしい。
古泉、お前だっていい加減嫌だろう、断れ。お前から断れ。
「いえ、涼宮さんの機嫌を損ねるのは得策ではありませんから」
じゃあハルヒの機嫌の為なら何だってやるのか、というのは聞かないでおいた。聞きたく無かった。
「嫌なのか嫌じゃないのか、と言われると…どうでしょうね。それについては今は言わないでおこうと思いますよ」
古泉がにっこりと笑った。そして俺の傍を通り過ぎる。
「今言ってしまえば、あなたがきっと困りますから」
ぼそりと耳元で聞こえた声に、案外余裕がなかったとか、どう困るんだ、とか突っ込まないことにした。
なにしろ、自分の心臓の方が大変な事態になっていたからな。
ついでに余談だが、あのBL映画はいつの間にか北高腐女子の会でもあるのか映研に場所を借りて放映されたらしい。しばらく女子の視線が痛かった。特に古泉といる時は。
「あの…、二人って、本当に付き合ってるの?」
という声も沢山かけられた。それこそ上級生からも。BLって怖い。
親友、仲間、旅の道連れ…さて、答えに困った俺が出すべきだった答えは、どれなんだろうな。
「知らん」と答えたことで更なる波紋を呼んだことを、俺は後々後悔したさ。
αへ 腐女子ハルヒの消失へ