――――tnfpte03er.t――――
それから数日、僕たちは普通の高校生活を謳歌していた。
涼宮さんの精神は確かに傾いてはいたが、その度に彼が抑えてくれているのだろう。昼間に呼び出される事は多々あれど、夜に呼び出される事は殆ど無くなって来ていた。あれから、《彼》が僕の前に姿を見せる事も無い。
普段通りの彼は、時々僕とオセロに興じる。好きなのに勝てなくてどうする、と言うが、勝てないからこそ好きなんだろうと考える。難しいものほど、攻略して行く楽しみはある。簡単すぎてはつまらない。
もっとも、今は彼がその状態のようで、このままでは対戦を打ち切られてしまうのも時間の問題。なので早々に次のボードゲームを持って行こうと思う。例えば、チェスとか。
ただその日、涼宮さんのイライラは最大限にまで達していたらしい。本格的に前倒しを決めたらしい夏のせいでじめじめする気温にもだろうが(何せ部室でイベントでもないのにバニーガールの衣装を着ているくらいだ)、何より彼と朝比奈さんが無邪気に戯れていたからなのだろう、と思う。
けれど僕たちは何でも無いように、平穏な普通の高校生としての一日を過ごした。
ずっと平穏に過ごせたら。そう思う気持ちが無かった訳ではない。けれど僕にとって彼の印象は強すぎて、平穏に過ごすために忘れてしまうにはあまりにも惜しかった。
だから不謹慎だと解りつつ、彼が再び現れた時、僕は嬉しいと感じていた。
信じられない規模で閉鎖空間が発生した後、僕ら機関の人間は校門前に集まっていた。
強固な閉鎖空間の壁が唯一ほんの少し――――そう、本当に少しだけ、緩んでいる場所。
閉鎖空間に入って行くのは当然のように僕になった。当たり前ではある。他は彼と認識がないのだから。
まず僕が閉鎖空間に触れ、周りが壁を破る。そういう手はずだったのだが――――
「!」
僕が触れた途端、それはすんなりと僕を通した。
…彼だ。間違いない。こんなことを出来る存在が、他にどこにいると言うのだろう。
すぐに力を解放すると、導くように引っ張る力があった。逆らわずについて行けば、部室の窓を開けて迎え入れる影があった。
「よう」
普通に道端で会うように彼は笑って手を上げた。
「解ってるんでしょうが…あなたのその様子を見てるととてもそうとは思えませんね…」
「解ってるからここまで気楽にいられるんだろ」
と苦笑する僕を窓から引き入れて彼は肩を竦めて見せた。
「…それで、解ってるのでしたらどうして脱け出そうとしないんですか?」
まさか、今更世界なんてどうなってもいいなんて言わないでしょうね。
「まさか。そんなわけないさ」
「それなら、」
「言ったろ。退屈が嫌いなのはハルヒじゃなくて俺だ。いつでも脱け出せるならいつでも一緒だろ」
なんなら、お前と閉鎖空間に二人っきりでアダムとイブにでもなってみるか?
「なっ…!」
からかわれているのは解ったが、それでも思わず反応してしまった。予想通り、彼はくつくつと笑う。
「今の俺がこんな状態じゃなきゃ、間違いなくお前が言ってた台詞だろうな。涼宮ハルヒと俺に対して」
僕もそう思ったからこそ反応してしまったのだが。…顔が赤いだろうな、絶対。
「あなたと話してると、子どもを相手にしてるのか大人を相手にしてるのかわからなくなりますよ、ホントに…」
「そりゃ、光栄だな、まだまだ遊び相手にはなってくれそうじゃないか」
にっ、と彼が笑うと同時に、後ろで神人が出現した。そしてすぐに涼宮さんが飛び込んで来た。
「キョン!何か出た!…あれ、古泉くん?」
当たり前なのだが、彼女は何か間違ったものを見つけた、とでも言う風に僕を見ていた。消されはしないかと一瞬心配する。
「ああ、さっき下を歩いてたのを見つけて、こっちに呼んだんだよ」
「ふぅん…」
そう涼宮さんに言う彼は、昼間の彼と大差ないが、それでもやはり《神》である彼だった。…案外涼宮さんは気がつかないものなのか。
「まあいい、それより早く逃げるぞ」
「え、でも―――」
「つべこべ言うな!」
彼が涼宮さんの手を取って走り出す。それだけで涼宮さんの機嫌が上昇するのが解った。…解りやすい人だ、と思う。
彼女が彼に惹かれるのは、彼こそが神なのだと、心の何処かで自覚しているからなのだろうか。
「いや、そんなことねーよ」
「え?」
聞き返したのは僕も涼宮さんも同時だった。すぐ近くに神人の腕が振り下ろされ、慌てて避ける。涼宮さんは彼が守ったようで、粉塵1つ受けていない。
「俺がそうだから、っていう理由じゃない。《俺》の方とこいつの過去で色々あって、多分そのせいだろ」
「色々?」
「ああ。だからそう言う気持ちって訳じゃないだろうさ、ただの憧れと同じだろ」
走りながら彼と会話を続ける。涼宮さんは何が何だか解らないらしく、彼に引っ張られながら目を白黒させていてる。
「解ってて、あなたはそのままにしてるんですか?」
「そっちのが面白い事になってるからな。今回のこれも、そのお陰でなったようなもんだし」
怒りを通り越して呆れるしか無い。というか、怒ったって仕方が無い。
「っ…なんの話をしてるのよ!二人で!」
校庭の半ばに出た辺りで、バシッ、と彼女が彼の手を振り払った。
「あたしにも解るように話をしなさいよ!」
どうやら更に怒りを増幅させてしまったらしい。それに応えるように神人たちが校舎を破壊し、暴れ、そして僕たちに迫る。
ハァ、と彼が溜息をついた。まさか、面倒になったとか言いませんよね?
「その通りだ」
…我々の神は飽き賞で、熱しやすく冷めやすいようである。
「だから…っ」
「お前には及びつかないような世界もあるってことだよ」
「――――え?」
彼が彼女に指で作った銃を向けた。くすりと笑った彼は、
「…ぱーん」
と、冗談のように言いながら撃つような素振りを見せた。その瞬間。
パンッ、と断続的に何かが弾けるような音がした。涼宮さんの髪を風が攫う。
くるりと後ろを振り向けば――――全ての神人が崩れ落ちるシーンだった。
「ちょっとしたスペクタクル、だろ?」
にっ、と子どものように笑う彼に、へなへなと涼宮さんが腰を抜かして座り込む。…それにしても、いい加減思考は読まないで頂きたい。プライバシーの侵害じゃなかったんですか。
「読まれて困るようなこと、考えてる方が悪いだろ」
「別に困りはしませんけど…」
じゃりっ、と彼が一歩足を踏み出すと、彼女は怯えたようにびくりとした。
「そんなに怯えんなよ、危害を加えたいわけじゃない」
「な、なんなのよ…あんた、誰なのよ…!」
彼女はカタカタと震えていた。こうして見ると、本当に普通の少女と変わりない。
「知らない方がいい。…でも、たとえて言うなら――――」
夢の終わりが来ただけだ、と優しい声色で彼は告げた。
瞬きをした途端、僕は校門に立っていた。機関の人々がホッと息をついている所を見ると、どうやら閉鎖空間は消失したらしい。
危機は去った、と同じように喜ぶべきなのだろうか。
彼女に言葉をかけるのと同時に、彼は彼女の目を塞いでいた。ただそれだけだ。そして僕はまた戻って来た。
今頃は昼間の彼が起きて、「なんつー夢見ちまったんだ!」とでも言っているのだろうか。
どちらにせよ、今日の仕事は終わったのだ。これ以上僕が何かを考えても詮無いことだ。なにせ、全て神様の思いのままなのだから。
翌朝学校で会った彼が、子どものように笑って舌を出してみせたことだけが、あの日の真実だと物語っている。
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