「古泉。桜を見に行くぞ」
夜、突然僕を訪ねて来た彼は有無を言わさず僕を引っ張り出すとどこかへ歩き出した。どこへも何も、先ほどの彼のセリフから察するに、桜の咲いてる場所なのだろうとは思うが。
しっかし、面倒だな。
そう呟いた彼に僕は思わず嫌な予感がしたのだが、こういう時に限ってその予感が当たるのだから仕方がない。「あなたと歩くのなら面倒ではないですよ」とかなんとか言おうとした僕の目を塞ぐと、数秒。彼が手を離した時には既にそこには満開の桜が広がっていた。
「…どこですか、ここ」
「さぁな。知らん」
エイプリルフール以来、彼のそのわがままな態度も少しなりを潜めていたのだが、やはり長くは持たないらしい。もちろんそれも含めて僕は彼の事が好きなのだから、それでいいのだが。
「桜が今綺麗な場所を適当に探してそこに飛んだんだよ。調べようと思えば調べられるが、面倒だ」
「それを面倒で済ませてしまうのはあなたらしいと思いますがね…」
なんだよ、不満か?と彼が少し拗ねたように問い返す。
「不満と言うか…つい先日、涼宮さん達と桜を見に行ったばかりだと思うんですが」
「…種類が違うだろ、これは」
確かに、今回のこれは八重桜などもあって種類は違う。けれど桜をそう何回も愛でに行こうと思うほど彼は桜に興味があるとは思えないのだが。
「…お前と二人で見たかったって言ったらおかしいか」
呟くように彼が言って視線を逸らす。どうやら照れているらしい。
「嬉しいですよ」
微笑みながら彼を抱きしめると、キスを強請られた。
桜の下でキスなんて、ロマンがあるな。なんて思っていたのが間違いだったのだろう。そのまま彼が体重をかけて来て、僅かに重心が傾いたせいで僕は後ろに倒れ込んだ。
僅かに腰を打って、体勢を立て直そうにも彼は僕の上に乗ったまま動こうとしない。…もしかして、もしかすると、
「…桜の下で、っていうのも中々いいと思わないか?」
…やはり、だ。
どうしてすぐそう、そっちの方に考えが行ってしまうのか。
「…少しは真面目に桜を見ようと思わないんですか?」
「見てるさ。けど、折角二人きりなんだ、勿体ないと思わないか?」
桜を見ない方が勿体ないと思うのですが、と言おうとしたがやめた。その良い訳すら封じるためにこうして今僕を押し倒しているに違いない。
理由は単純だ。この体勢なら、僕からは桜が見える。
まあ、以前のように問答無用でコトに及ぶ事だけはなくなったので、よしとしておくべきだろうか。
一応僕の返事を待つようになった、というだけでこうも許してしまう僕も悪いのだろうな、と思いながら苦笑する。
「…そうですね、あなたと桜が一度に楽しめるというのも、悪くないですね」
そう言えば、嬉しそうに笑う彼に口づけられる。こういう時ばかりは分かりやすい人だ。そう思いながらも口づけに応える。
「ん…っ…ふ、ぁ…」
彼がこうして僕を求めてくれるのは嬉しいし、その気持ちも分かる。僕だってそれなりに性欲はあるし、彼を欲しいと思う。人目と場所を憚らないだけで、彼と僕に大した違いはないだろう。
それに、こうして彼につき合うのも悪くはない。相手が既に、普通の人間ではないのだ。少しくらい羽目を外したって、誰も文句は言わないだろう。というか、彼が言わせない。
キスをしながら体に触れれば、こうして触れ合うのも久しぶりなせいか、彼がぴくりと震えた。
「撫でるだけでも、感じてしまいますか?」
「うる、さい…っ」
そんな事聞くな、と言わんばかりに軽く首に噛み付かれる。まだ脱がされてもいないこの状況で噛まれると、歯形がばっちり見えてしまうのだけれど。
それを分かっているのだろう。いたずらに彼の肌を撫でるだけの僕の手を無視して彼は僕の服を脱がせにかかる。
といっても外だ。流石にお互い全裸になるわけにもいかない。
下からするりと手を忍び込ませて、ぷっくりとふくれあがった彼の胸の飾りを愛撫する。鼻に抜けるような声がまた、艶かしい。
「っ…そんなとこ、いい、から…!」
「ふふ、了解しました」
早く欲しくて仕方ないらしい彼のために、ベルトを外してジーンズをずらし、後ろへ指を伸ばす。
ローションなどなくても難なく指を呑み込んで行くそこは、もう既にかなり柔らかい。かと言ってそのまま挿入するというのも嫌なので、分かっていながらも僕はそこを解すように指を動かす。
「んっ…まだるっこしい…」
「すみません。それでも、あなたを傷つける可能性はない方が良いですから」
それに、あまり彼を焦らす事がないようにしてはいるつもりだ。
ただそれでも彼にとってはじれったかったのだろう、自ら立ち上がり僕の指を抜くと、僕の前を寛げて行く。
「…もう良いんですか?」
「いい。…欲しいんだよ」
寝転がったままの僕にまたがり、ゆっくりと彼は腰を落として行く。
月明かりに照らされた桜よりも、恍惚とした表情で僕を呑み込んで行く彼の方が美しいだなんて、馬鹿げているだろうか。
「…っ…なん、だよ…」
僕が笑ったのが分かったのだろう、彼が怪訝そうにこちらを睨む。
「いえ…桜を見るより、あなたを見ている方が何倍も綺麗だな、と思いまして」
「なっ…馬鹿か、殴るぞ!」
「っ…あの、殴られるより前に締まったんですけど…」
きゅう、と締め付けられそう指摘すれば、彼の顔が真っ赤に染まる。上気した頬も、体も、どこもかしこも艶めいて見えるのは僕の単なる贔屓目だろうか。
「っるさ、い…もう、黙ってろ…!」
さて、桜を見るだけでは勿体ないと言い出したのは誰だったか。指摘したところでますます怒るだけなので、何も言わない。
「ん、ぁ…っ…あ…!」
彼の動きに合わせて僕も動けば、腹の上に置かれた手に力が籠った。腰を引き寄せて、更に深く突き上げる。
「ひ、ぁ、あああっ」
あまり声を出しては誰かに気づかれそうなのだが、止まらないのは知っている。
それを知っているのが僕だけなのだと思うと、一種の優越感さえ覚える。
本当ならば彼は全てを平等に愛さなければならないのだろうが、僕はキリスト教ではないし、平等に与えられる愛なんて欲しくはない。
欲張りと言われてもいい。いつか、罰を受けても。それでも、彼に僕だけを愛して欲しいと思うのは間違っているだろうか。
「…愛してますよ…」
囁けば、僅かに彼が頷く。こうして少しでも愛情を示してくれるのが、嬉しい。
普段の彼には申し訳ないと思う。けれど、僕はもう彼が居ればそれでいいと思っているし、日常でも気兼ねする事なく、いつでも彼に会いたいと思っている。
「愛しています…」
だからどうか、僕から離れないで。
彼に聞こえないくらい小さな声で、呟いた。