「世間一般で言う、恋人同士の理想の身長差って知ってますか?」
とうとう頭に蛆が湧いたのだろうか。
瞬時にそう思った俺を、誰が責められるだろうか。いや、責められるまい。
「知らん。知りたくもないね」
「おや…つれないですね」
と、隣を歩く無駄に爽やかな微笑みを浮かべた男が肩を竦めてみせる。なんだって俺は今こいつと二人で帰ってるんだろうねえ、おい。
「凉宮さんが先に僕達だけで帰ってなさい、とおっしゃったからですよ」
「そのくらい俺だって知ってる。つーか俺も聞いてただろうが」
だから嫌々こいつと二人で嫌になるくらいの坂道を下ってるんじゃないか。
「ふふっ、まあ話を続けましょう」
俺が聞いていようと聞いていまいと最初からそのつもりのくせにな。最初から最後まで一人で勝手に喋ってろよ、とでも思うんだが…まあ、わざわざ問いかけて来たんだ、俺に聞いて欲しい話しなんだろう。仕方ない、聞いてやるか。
「それで?」
「一般的に理想の身長差は15センチ、だそうですよ。理由はわかりますか?」
まあ本当は俺も知っている。理由もな。だがあえてここは知らないフリをして、「知らん」と答える。
「キス、ですよ。キスをするのに理想の身長差だそうです。片方が背伸びをして、片方がちょっとかがむ。そういう理由なんだとか」
「別にどうでもいいけどな」
そう言いながら古泉の方を振り返りもせず言う。もしかして、そういうことがしたくてこういう話をし出したんじゃないだろうな、お前は。…いや、古泉ならもっと回りくどく言うか。
「…で、何が言いたかったんだよ。お前は」
黙って歩くのにも疲れて古泉を見れば、いつの間にか俺のすぐ隣にいた。8センチ。近いようで、遠い。
「では、8センチならどうでしょう?」
相変わらずいつもと変わらない笑みで俺に問う。考えが読めない。何も言わない俺を置いて、古泉は話を続ける。
「8センチなら、どちらも、ではなく、どちらかが、ですよね」
「まあ、距離的にな」
どちらも近づいてキス、なんてことになれば多分首も腰も痛いだろう。やったことないから知らないが。…思えば、確かにどちらかが(主に古泉が)近づいて、だった気がする。
「つまり、8センチは一方的な距離です。…僕達らしいとは思いませんか?」
「…どういう意味だ?」
俺が怪訝な顔をして言えば、古泉は笑みを深くした。
「僕達は常に一方的だと、僕は思うんですよ。考えも、気持ちも、想いの強さも、ね」
くす、と古泉は笑う。夕日に照らされた笑顔は、どこか悲しそうに見えた。