「ええと…あれ、この式は…」
あれからまた珍しく古泉と俺は二人きりになった。ハルヒは掃除当番、朝比奈さんはHRが長引いているらしい。長門は…まあ、コンピ研だろうか。
そんなこんなですっかり年下とばれた古泉は俺の前では普通に中学生のように振る舞うようになった。といっても、古泉はひたすら中二の問題を解いていて、俺はそのすぐ近くで本を読んでいるだけなのだが。
「…どれだ?見せてみろよ」
「え、ああ、これなんですけど…」
ふむ、ちょっとした応用問題らしい。
「どの公式を当てはめたらいいか…」
「この場合はだな、」
俺は古泉の隣に回るとシャーペンを手に取った。
「この公式を、こういう風に当てはめるんだよ。そうするとここがこうなって…」
「あ、なるほど、こうなるんですね」
正解だ、と思わずわしわしと古泉の頭をなでる。
古泉は照れたようにはにかんだ。
「それにしても…理解力も記憶力もあるのに、どうしてテストとかには反映されないんですか?」
うぐ。
「あ、あれ、言っちゃいけないこと言いました…?」
「うるさい!どうせ俺は本番に弱いさ!」
俺は半ばキレながらそういうと机の上にテキストを広げた。
「あ、あの?」
「俺も勉強する。どうせそろそろ成績がヤバかったからな」
大人げないとは思うが…このままじゃどう考えても古泉が俺を追い抜くからな、それじゃくやしいじゃないか。
かくしてしばらく無言のまま時が過ぎる。おかげで長門が入ってきた気配にも気がつかなかったんだからな。
「…ここは、こう」
「え?あ、ああ」
す、っと後ろから腕がのびてきて、それで初めて長門が入ってきていたことに気がついた。
「この公式はこう当てはめればわかりやすい」
「ああ、そうか、じゃあここはこうすれば…」
「そう、それが正しい」
長門が優しい手つきで俺の頭を撫でた。…あの、長門さん?
「…褒めるときに頭を撫でるのは特別おかしい話ではないと思う」
いやうん、まあそれはそうなんだが。
俺が呆然としているうちに今度は長門は古泉のそばに行って、古泉の詰まった問題を教えてやっている。…ふむ、今度は英語か。
そして俺がされたように古泉は頭を撫でられて驚いている。というか、普通に古泉が年下だったってことスルーしてるな、うん。
「あなたの発音はとてもきれいだから、自信を持っていいと思う。あとは文法の組み立て方だけ」
「あ、ありがとうございます」
さすがの古泉も戸惑っている。まあ、普通は戸惑うよな。
「一気に勉強するのもいいけれど、あまり根を詰めすぎても身に付かない。程々にしておくべき」
長門が諭すように古泉の頭を軽くぽん、と叩いた。さすがに古泉もぽかんとしていた。驚き過ぎたのか?
しかしその口から洩れたのは何故か感嘆の溜息だった。
「…長門さんって、何だかお姉さんみたいです」
驚いてたんじゃなくて感動してたのかよ!
「…お姉さん」
「はい、お姉さんみたいです」
いやいや年齢から行けば長門のが大分年下だぞ!何せ3歳だからな。まあ知能は確実にそれ以上だが。
「お姉さん」
長門は何回もそれを繰り返す。…気に入ったのか?
「…お姉さん、と呼んで欲しい」
気に入ったんだな。
「私は一樹、キョンと呼ぶ」
ちょっと待て俺もか!
「もちろん涼宮ハルヒの前以外で」
いやそういう問題でも…
「じゃあ僕は彼のこと、お兄さんと呼ぶべきでしょうか?」
「それがいい」
…勝手に話が進んでいる。
と、長門が振り返った。
「良いと思ったのだけれど…」
「駄目ですか?」
ええい二人して子犬のような目で見るんじゃない!
「わかった、わかったから」
「じゃあ…」
「いいの?」
俺は頷いた。
その瞬間古泉は見たこともないくらい嬉しそうに笑い、長門も嬉しそうにした。まあ、二人が嬉しいならこのくらい別に構わないさ。
それにしても…
「嬉しそうだな、こい…い、一樹」
古泉、と呼ぼうとしたら長門に睨まれた。少々どもりながら名前を呼ぶ。
「僕、一人っ子なんです。だから嬉しくて」
古泉のくせに可愛いじゃないか。わしわしと頭を撫でてやる。
「お兄さんと、お姉さん」
「キョンと、一樹」
期待に満ちた目で見られる。
「…一樹と、姉さん」
二人が笑う。
と、急に長門が口を開いた。
「涼宮ハルヒがくる」
そう言った時の古泉の素早さと言ったらない。出ていたテキストを素早くしまい、顔や態度もすっかり『古泉』である。
そしてまた長門もいつもの定位置に戻り、本を読みはじめる。
…やれやれ、しばらく戸惑わなきゃならんのは俺だけか。