「あの…わたし、古泉くんの事が好きなのっ、つき合って、くれませんか?」
俺が長門とふたり、そんな場面を目撃してしまったのは不可抗力である。
偶然昼休みにあったもんだから、一緒に飯でも食うか、なんて言うと長門は嬉しそうに頷いた。折角なら、一樹も、と長門が言うので古泉を探していたのだ。クラスに言って聞くと、どうやら中庭にいるという話ではないか。
今から考えれば、やけににやにやしていたので、そいつはこの状況の事を知っていたのだろう。
「…あなたのお気持ちは、大変嬉しく思いますよ」
女子生徒が顔を上げる。古泉は言葉を選びながら、彼女を傷つけないように次の言葉を発する。
「ですが、今僕は誰ともお付き合いする気はないんです。自分の事で手一杯で、他の事なんて考えていられないので。…すみません」
「…好きでいても、いいですか?」
泣きそうな顔をして女子生徒が問いかけると、古泉は優しく微笑んで頷いた。
最後に女子生徒が思い切りぎゅっと古泉に抱きついて、走り去って行った。古泉は女子生徒がそんな行動に出ると思わなかったのか、顔を真っ赤にして固まっていた。
「よ。昼間の、見たぜ。この色男」
あのあと結局昼に誘うのはあきらめて、長門と二人で食事をした。姉としては弟を見知らぬ人間にとられるのが嫌なのだろう、長門は終始不機嫌そうだった。
放課後になって部室に向かった俺は、先に来ていた古泉に向かって先ほどの言葉を発した。多分自分でも意地悪い顔をしているのだろうな、というのは古泉の困ったような顔で予想がつく。
「…人が悪いですよ、お兄さん…」
「それを言うならお前のクラスメイトに言うんだな」
「え?クラスメイト?」
一樹はきょとんとして聞き返す。別に黙っている事でもないので昼間、一樹を昼飯に誘おうとしていた事を言うと、しかられた子犬のようにしょぼくれた。
「あの後でもいいから誘ってくれればよかったのに…」
「悪いかな、と思ったんだよ。お前も赤面してる所に声かけられたくないだろう?」
そ、そんな所まで見てたんですかっ!と、一樹は赤面する。どのみち、同じだったらしいな。
「しかしまあ、つき合ってみればよかったのに。結構かわいい子だったじゃないか」
ま、実際そんな事になれば姉さんが怒り狂う気がするが。…でも一樹が考えて考え抜いた結果なら、案外怒らないんじゃないかとも思うが。
「涼宮さんの事もありますし…それ以外に、まだ早いと思うんです、慣れてないですし…」
と、一樹が困ったように苦笑する。慣れてない、ねえ。見た目だけならプレイボーイなのだが、中身は年齢どおりのようで、少し安心する。これで手慣れていたら俺が泣きたくなる。
「ふぅん…」
その時はこれで会話を打ち切ったのだが、このとき俺の頭の中で既に計画は発動していたのである。
「一樹、明日空いてるか?」
「え?はい、空いてますけど」
ハルヒがまだ見える位置にいるというのに弟に対する態度で話しかけたのが意外だったのか、一樹は戸惑いながら答えた。
「んじゃ、明日また一緒に遊ばないか?」
「いいんですか?」
やはりまだまだ子どもだな、と思うのだが、一樹は案外遊びに連れて行くと喜ぶ。俺と姉さんと遊びに行く時は、一樹も結構年齢どおりのラフな格好をしている。普段のかちっとした姿を見慣れている身としては、一度笑い転げて一樹には拗ねられ姉さんには怒られたのだが。
「あ、でも明日はちゃんと気合いの入った格好してこいよ」
「? はい、わかりました」
一樹は終始不審がっていたが、まあそれも明日になればわかる事だ。
「ど、どういうことですか、僕、聞いてませんよっ?」
「言ってないからな、当たり前だろ」
「…キョン、一樹を苛めてはだめ」
と姉さんは言うが、これはいじめじゃなくて一樹の人生に潤いを与えるために必要なことなんだよ。
そんな姉さんは俺が頼んだため、いつもの制服姿と違い、デート用と言っても過言ではない服装をしている。もちろん一樹も『古泉』状態の服である。
「だからと言ってお姉さんと疑似デートって…」
「ハルヒに頼むなんて論外、朝比奈さんは俺が許さん。とくれば後は頼めるのは姉さんくらいだろう」
お前が慣れてない、なんて言うから少しは慣らしてやろうと思って、今回のことを企画したんだぞ。
「それとも、俺が女装してお前の相手した方が良かったか?」
「お兄さんが相手の方が気楽ですけど、女装は遠慮します…」
ま、どのみち女の子を相手にするという状況に慣れるための疑似デートだ。俺が相手しても意味ないがな。
「ほら、行ってこいよ」
「え、でも、お兄さんは?」
と一樹は聞くが、これは疑似デートだぞ、疑似でも一人多けりゃデートにならん。
「でも、そんな…」
「いいんだよ、俺はその辺で暇つぶしてるから、二人で好きなようにしてこい」
それ以上何か言われる前に俺は近くの喫茶店に入る。しばらく二人は迷っていたようだが、すぐに何処かへ歩き出して行った。まあ、本来なら確かに後をつけて古泉の男前っぷりを見てやろうかと思っていたのだが、どうせ疑似デートだ、俺がいないだけでいつもの二人と変わらんだろう。
そうして30分ほどぼーっと過ごしていただろうか。案外やることがない。待っててやらなければならんとは思うのだが、まあ、携帯もあるんだ、連絡はつく。そう思っていたら、
「お兄さん」
「え?」
気がついたら、二人が後ろに経っていた。おいおい、まだ30分だぞ。
「そうは言いますけど、お兄さんだって退屈そうだったじゃないですか」
「わたしたちも、二人でいるより三人の方が楽しい」
つまりあれか、結局俺の事が気になって二人ともデートどころじゃなかった、と?
「ええ。だから、今から改めて三人で遊びましょう」
心底嬉しそうな顔をしてそういう一樹に、俺も笑いながら頷いた
そのあと二人が行ったことがないと言うのでゲーセンに行ったのだが、長門が中々上手かった。ゲーセンの店員さんに泣かれるくらい大量に景品をゲットして帰ったのは、多分良い思い出になるだろう。
「三人でいるのが、楽しいんです。だから僕はまだ、恋人とか考えられないんですよ」
そう言った古泉に免じて、これからこの方面でからかう事はよしてやろうと思う。