ハルヒとかち合う心配の無い朝、俺たちは一緒に登校するようになっていた。
…の、だが。
いつものように待ち合わせ場所まで行くと、一樹の姿が無い。
「…まだ怒ってるのか、あいつ」
「わからない。…今日は先に行っているものだと思われる」
そう呟く姉さんは俺以上にへこんでいるらしく、声に力が無い。
「まあ多分、一樹も昨日拗ねて気まずいだけだろ、昼には会えるって」
な?と微笑みかけつつ、その日は二人で学校に向かったのだが、そう言って姉さんを励ました俺自身が一番、一抹の不安を抱えていた。
そしてそれは、現実になる。
「おい、古泉いるか?」
姉さんと二人、一樹の教室へ向かって声をかけたのだが、教室を見回しても姿が見当たらない。どういうことなんだ?
「あ、」
俺たちの姿に気がついたらしいクラスの人間が駆け寄ってくる。
「古泉くんから伝言。『今日はお二人で食べて下さい』だって」
「え?」
どういうつもりなんだろうか。
俺たちは知らないうちにあれ以上変な事でもやらかして、古泉に嫌われてしまったんだろうか。
そう思ったのは姉さんも同じだったらしく、俺の制服の裾をぎゅっと握りしめる。
「…そっか、サンキュ。…行こう、長門」
姉さん、と呼んでやりたかったが、人前では流石に無理だ。
だから代わりに、姉さんの手を握り返した。
あれから一樹を探してみた物の、見つからなくて、仕方なく二人で昼飯を食うことにした。
姉さんの力を使えば確かに簡単に見つけ出せるかもしれないが、そんなことはしたくなかった。
「…やっぱり二人だけ、っていうのは寂しいな」
こくり、と姉さんが頷く。折角今日は一樹の好きそうな弁当のメニューにした、っていうのに。
やはり物で釣ろう、という考えが行けなかったんだろうか。謝れば許してくれる、なんて甘ったれていたのかもしれない。
いつものように会話は弾まず、二人でもそもそと飯を食っていると、
「あれー?今日はキョンくんと有希っこだけなのかいっ?」
「こんにちは。…本当に、珍しいですね、どうかしたんですか?」
鶴屋さんと朝比奈さんのお二人が現れた。それはいい。
だが、今日は、や、珍しい、とはどういうことなのだろう?
「あ………やー、ごめんごめん、隠してたんなら悪いんだけどさっ、結構三人でいるとこ見たりしてたんだよね」
「え」
「ごめんなさい、多分、気がついてるのはあたしと鶴屋さんくらいだと思うんですけど…」
「見られたくないならもうちょっと気をつけた方がいいにょろよっ、何しろ、キョンくんと有希っこがつき合ってるんじゃないか、って噂もあるくらいだし」
てっきり姉さんがガードしてるもんだと思っていたのだが違うらしい。いや、別に誰に見られたからと言って気にする事でもないと思うのだが、それより問題は、
「つき合ってるって…俺と、長門が?」
「ええ。…知らないんですか?多分、涼宮さんの耳にも入ってると思うんですけど…」
そのくらいには有名な噂、ということだろうか。そうすると、それを気に入らないハルヒが閉鎖空間を発生させている、とか?
姉さんにアイコンタクトをとるが、静かに小さく首を横に振る。やはり、虫の良すぎる考えだったか。
「それで、どうしたんですか?」
「あたしたちで良かったら、相談に乗るにょろよ?」
一瞬迷った後、姉さんも頷いたので、俺は相談することにした。
もちろん、兄弟のように思っていて、姉さん、や一樹、と呼んでいる事だけは伏せて、親友という間柄、ということにしたのだが。
「ふぅん、なるほどねっ」
鶴屋さんは一樹の不機嫌の理由が分かったらしく、すぐにしたり顔で頷いた。
「それは噂と同じ事を古泉くんも思ったんじゃないかなっ」
「噂と同じ事?」
つまり、俺と姉さんがつき合ってるって?馬鹿な。そうじゃないのは一樹が一番良く知っているはずだろ。
「つき合ってる、とまでは思わなくても、二人ともお似合いだな、とか、僕がいても邪魔なんじゃ…とか、思ったんじゃないでしょうか」
朝比奈さんの言葉に鶴屋さんが力強く同意する。
「長門はどう思う?」
「…可能性は高い、と思う。彼は怒っていたわけではないから」
三人がそう言うのだ、だから、つまりは
「俺たち二人が仲良くしていて、自分は邪魔なんじゃないかと思ったから、古泉は今日一緒にいない、ってことなのか?」
拗ねた理由はそれなのだろうか。
…すまん、正直言って、可愛い。
姉さんも同じ事を思っているのだろう、いつもより若干顔がにやけている。
そうやって簡単に身を引くのはあいつの悪い癖だと思うが、一樹の心情を思うと愛い奴め、と言いたくなってくる。いや確かに俺たちが悪いのは悪いんだが。
「古泉くん、放課後には部室に来ますよ。涼宮さんはあたしがなんとか言って止めておきますから、三人でじっくり話してみたらどうですか?」
「いいの?」
「はい」
と朝比奈さんは笑顔で頷く。
「あたし、キョンくんたちが仲いい方が、嬉しいです」
「そうそう!だから早く、仲直りして欲しいのさっ」
「…ありがとうございます」
そう言ってくれるのが嬉しくて、自然と口からお礼の言葉が出ていた。
さて、問題の放課後。やっと一樹に会えたのだが、やはり古泉の仮面をつけたままの状態であるのが周りを取り巻く空気で伺える。それに、入って来た時の挨拶も古泉の声の低さのままだったしな。
それに合わせるべきかどうか悩みつつ、しかしどうしても顔が緩んで来るのが抑えきれずに俺は普段通り兄として振る舞うことにした。姉さんも、そのつもりだったらしい。
「ほら一樹、一緒にゲームやらないか?」
そう笑顔で珍しく俺からゲームに誘ってみる物の、
「…やりません」
と冷たい声が返って来た。拗ねてるのか、そうなのか、と思うと思わずにやにやしてしまいそうになるのを必死で抑える。
「一樹。これ。美味しいから、一樹も食べると良い」
今度は姉さんが一樹の好物の菓子で釣る作戦にでたらしいが、これも
「…いりません」
とあっさり躱されてしまう。だが、こんな事で諦める俺たちではない。
「なーに拗ねてんだよお前は。ほら、いつも通りお兄さん、って呼んでみろって」
「私も、長門さん、よりお姉さん、のがいい」
若干一樹にのしかかりつつ、ぐしゃぐしゃと頭を撫でながら言ってみたのだが、俺の重みでつぶれた一樹は顔を上げない。どうした?と思っていると、その肩が震えていた。…泣いてるのか?
「だ、って…っ…お兄さ、…と、お姉さん、僕が、いなくても…っ…お似合い、じゃ、ないですか…っ」
どうやら強がってみせるのも限界だったらしい。ぐすぐすとしゃくりあげながら一樹は言葉を続ける。
「そ、の上…が、っこうでは…っ…つき、あって、るんじゃないか、…って、噂も、ある、から…」
「…馬鹿だろお前」
俺は心底呆れた声を発した。それに反発するように一樹が顔を上げる。
「馬鹿ってなんですか…っ!」
「言葉の意味通りだが」
「キョンの言葉に同意する」
と、姉さんも頷いて、ますます一樹は反抗する気になったらしい。
「僕は馬鹿じゃないですよ…っ!大体、成績面で言うならお兄さんのが下じゃないですかっ」
「てめ」
言いやがったなこのやろう、と俺は一樹をぐりぐりの刑に処することにした。単純に、こめかみを拳で両側からぐりぐりと押さえつけるわけだが。
「い、た、痛いです!酷いですよお兄さんもお姉さんも!!」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で一樹がわめく。
「おお、いつもより男前度四割増しだぞ」
「うるさいっ、もう、お兄さんなんか嫌いです!」
嫌い、と言いながらそこで更に涙が止まらなくなってるのはなんでなんだろうな?
いや、理由は知ってるさ、もちろん。
「そうか。俺はお前が好きだぞ。姉さんと同じくらい」
「…え」
「わたしも一樹が好き。…キョンより」
「うわ、姉さん酷え!…あ、いまちょっと姉さんより一樹の方が好きになったかもしれん」
「なんと言われても一樹の方が可愛い」
「そりゃ俺は可愛くないですよー。別に良いさ、一樹は俺の事好きだもんな?」
「…さっき嫌いって言われたくせに」
「うぐっ」
と、わざと傷ついたフリをしながら一樹を盗み見ると、ぽかん、とした顔をしていた。
「一樹の方が可愛くて好き。つき合うならキョンじゃなくて一樹の方が良い」
「俺も姉さんなんかより別の子の方が…あたたたた!悪かった、悪かったから!姉さん、痛い!手の平を抓るなって!」
俺がそう言うと姉さんはぱっ、と手を離した。…若干本気で抓られた気がするのだが。
「一樹は?」
「え?」
「一樹は、嫌い?」
姉さんはじ、っと一樹を見つめる。
そして、しばらくしたから、一樹がふ、っと微笑んだ。
「…大好きですよ、二人とも」
その満面の笑みに、俺と姉さんは嬉しくなって一樹を抱きしめた。
…間に挟まれた一樹が若干つぶれかけたのは、まあ、ご愛嬌である。
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