「なあ」
ふと昔のことを思い出した俺は、気になってしかたがないことを同居人に聞いてみることにした。
奴は鼻歌を歌いながら食器を洗っている。ちなみに今は昼過ぎだ。先ほど二人で作った飯を食べ終えたばかりで、俺は不器用な同居人の作るものの中で唯一といっても良いくらい気に入っている紅茶を飲んでいた。
元々俺はコーヒーのが好きだったんだが、ストレスを感じることが多いためなのか知らんがこいつがコーヒーを、しかもとても濃い奴をブラックで飲んでいたのだ。せめて紅茶にしろ!と言ってからは何故かひたすら紅茶に凝り初め、付き合いで飲むうちに紅茶の方が親しい存在になってしまったのだから仕方がない。
――――まあ多分、俺が「美味い」と褒めたからなのだろうが。
自慢できることでは決してないのだが、面ばかり良い同居人はかなり料理が下手である。知り合ってから数年経ってやっとまともに簡単な洋食なら作れるようになったんだからな。俺の努力を察して欲しいところである。ちなみに和食は未だに壊滅的に駄目だ。オムレツが焼けて卵焼きは駄目ってどんなんだよそれ。
「仕方がないじゃないですか、ホントに駄目なんですから」
そしてこいつの敬語も変わらない。何故か、と問えばそれが普通の自分だったからだ、と答える。はて、お前は昔「今の僕はすべて涼宮さんの望む通りに演じているものですから」、とかなんとか言ってなかったか?
「聞き間違いでしょう」
皿を拭きながら爽やかな笑顔で言ってのける辺り、いい性格になったと言うべきか。
「あなたの影響であることは間違いないでしょうけどね?」
「違いないな。それは同意してやる」
俺は頷きながらおかわりを要求する。すぐに暖かな紅茶が注がれた。
「それで」
「ん?」
「何を聞こうと思ってたんですか?」
「ああ、」
そういや忘れるとこだった、というと同居人は困ったように笑った。まあ、苦笑というやつだ。
どうも俺は横に逸れると中々本筋に戻って来れない人間らしい。思い出すのに少しだけ間があった。
「あの頃のお前が演技かどうかはともかく、」
「はい」
「ハルヒの夢の中とか、あの腐女子映画とか、抵抗感無かったのか?お前」
言ってしまえばそれ以外のことだって沢山あるんだが、思い出すとキリがないから割愛しておく。そのくらいにはこいつと長い付き合いがある。
そうですね、と古泉は少しばかり思い出す素振りを見せた。
「あなたが言いたいのは、どう考えても好感なんて持てないだろう初期の頃に、よく男とキスなんて出来たな、ということで良いんでしょうか」
「いちいち確認するなアホ」
「ですが間違っていると大変なので」
何がどう大変なんだ、とは突っ込まないが、解ってて言ってるだろ、お前。
バレましたか、と古泉は肩を竦めてみせるが、その程度で話をそらせると思うんじゃない。俺はじっと古泉を睨む。
古泉はとうとう俺の視線に負けたのか、少しだけ息を吐いてから俺の正面に座る。
「そうですね…、まずは、あなたの考えから間違っているんですよ」
どういうことだ? 俺は意味がわからず眉をひそめて古泉を見る。
「僕としてもこれを言うのは非常に恥ずかしいものがあるんですが…まあ、昔の話ですし、ね」
なんとも回りくどい。一体何が言いたいんだ。
俺が急かしても古泉は中々決心がつかないらしく、忙しなくとん、とん、と指先で机を叩く。
口を開いては閉じ、また開いては――――という行為を数回繰り返した後、今度こそ決心したように口を開き――――
「僕は最初から、あなたが好きだったんですよ」
―――――は?
という感想しか出て来なかった。いや、感想とも言えないんだが。
ですから、と続ける古泉の頬は珍しく少し赤く染まっていて、なんとなしにそれを眺めながら考える。
古泉が、最初から、俺を好きだった、ねえ。
「――――――!」
数回頭の中で繰り返してからやっと意味に気がつき、俺はトマトのように顔を赤くさせた。今度は俺が金魚のようにぱくぱくと口を動かす番だった。
「機関が調べた情報を、涼宮さんに関わる以上僕も読んだんですよ」
「…うん」
「写真を一目みて、何故か目が離せなくなったんです。あなたが涼宮さんのお気に入りだと聞いた時には目の前が暗くなりましたね。最初は何故そこまでショックを受けるのか、なんて思ったんですが…」
答えは簡単でしたよ、と古泉はいう。
「一目惚れ、です。あなたに」
言っとくが、俺はホントに普通でどこにでもいそうな男子学生だった。一目を惹き付けるような容貌なんか絶対にしていない。なぜそんな俺に古泉が一目惚れなんか、
「理由も理屈もいらなかったんですよ、ああ、この人だ。そんな感覚がありましたから」
ですから涼宮さんが腐女子という傾向に走って下さったのは却って有り難かったくらいです、と古泉は続けた。
「ああしてあなたの夢の中でキスしたことも、映画で恋人同士のように振る舞えたことも、それがきっかけで僕を意識するようになってくれたことも、涼宮さんには感謝しても感謝したりないくらいですよ」
そのお陰でこうして、僕たちは今一緒に居るんですから。そう言って頬を赤らめたまま、実に幸せそうに古泉は微笑んだ。
だから古泉の次の質問に続く答えももう解りきったことだった。
「あなたは、どうだったんですか?」
決まってるさ。
俺も、出会ったその時から好きになっていたんだって、自信があるね。