それは俺がほんの4、5歳の頃だったと思う。まだ妹が産まれて間もない頃だったのは確かだ。
俺はふらふらと自分の住む区域を歩いていた。ただ散歩していたのだ。俺の住む区域は治安の良い場所で、子どもが一人で出歩いても何も言われないような場所だった。今思えばそれが事件を起こす原因に繋がったんだろうが。
――――パン、と何処かで何かが弾けたような音がした。ややあって、それがテレビで聞いた銃声とよく似ていることに気づく。
どうしたんだろう。そんな風に思っているうちに銃声は此方に近づいていた。
逃げなければ。そう思った頃にはもう手遅れだった。銃声の原因は俺の目の前、数m先にいて、何故か銃口は俺に向いていた。
ああ、死ぬかも。そう思った時、俺を抱き抱えるように俺に覆い被さる影があった。遅れて銃声が響く。
俺の方には当たらなかったが、俺を庇った人には当たった。彼が小さくうめく。
怖くなって泣き出す俺に彼は一言、「大丈夫だよ」と微笑みながら言うのだ。
もう殆ど顔も思い出せないが、やたらと格好良い人だったのは覚えている。
それきり彼とは一度も出会う事なく、時は過ぎて行った。
act.1 Dona nobis pacem.
「システムオールグリーン、ジャミングなし。そっちはどうだ?」
『こちらも異常はありません』
「感度も良好…っと」
パネルを鍵盤でも叩くように軽やかに指が滑る。士官学校の頃を思えば随分と上手くなったと思う。まあ長門には…いや、ハルヒにも古泉にも敵わんが。
「長門、敵は」
『索敵範囲内にはいない』
「かくれんぼしてやがんのか?」
『作戦参謀!とっとと始めなさいよっ!』
長門からの中継が切れ、涼宮師団長――――もといハルヒのドアップが映された。心臓に悪いから先に切り替えるって言えよ馬鹿。
「だいたい幕僚総長のがそういうのは得意だろうが。なんで俺に作戦を練らせる」
『あんたは頭捻ってるのが似合うからよ』
嫌がらせかよ、おい。
半年ほど前―――――つまり4月だ。地球で暮らしてた時の名残なのか、卒業は3月、入学、入社、入隊などは4月と決まっている。面倒な話だが。いや、話がそれたな。
その四月、俺は正式に軍へと入隊した。士官学校を卒業してから行く道は、ここかもしくは情報部だけだろう。人によれば、此処を抜けて他所の国へ行く奴もいるみたいだが。佐々木なんかがそうだったな。
「ね、あたしたち、どこへ配属されると思う?」
俺の隣で目を輝かせているのは、士官学校で三年間ずっと一緒だった涼宮ハルヒという女だ。期待したって無駄だぞ、どうせ俺らは下っ端だ。それに、配属先に宇宙人やら機械人形やらそうそう居る訳がないだろう。
「そうかも知んないけどさ、夢は見るだけなら勝手でしょ」
「まあな、好きにしろ」
どうせハルヒとの縁も此処で終わりだろう、成績優秀なハルヒと、下の方にいて、どうにか技能だけで卒業した俺とでは格が違う。配属されるところが同じになるわけがないのだ。
「でもホント、どこに行く事になると思う?」
「お前はどう考えても上の方だろうな。俺は…どうせ前線の下っ端戦闘兵だろ」
「何よそれ。あたしもどうせならばんばん敵と打ち合いたいわよ」
「成績優秀者の言葉じゃないな。お前の頭を上が放っとく訳ないだろう」
そういうとハルヒはぶすっとしていた。俺は褒めてやったんだがね。
「嬉しくないわよ、散々言われたもの、それ。あたしは前線で戦いたいのよ!後ろでふんぞり返ってるだけの役なんてつまらないわ!」
「声が大きい、静かにしろよ」
俺がそうたしなめるとハルヒは黙り来んだ。丁度いいタイミングで教官が口を開く。
「では、配属先を発表する、涼宮ハルヒ」
「はい」
さすが成績トップのハルヒだ。一番最初に名前が呼ばれる。
しかし後から考えれば、それも当然の話だったのだ。
「NSK第一師団団長に、涼宮ハルヒを任ずる」
辺りがどよめく。それも当然だ。第一師団と言えば、エリート中のエリート。そして前線の要である。
だがそれもハルヒであれば、何故か納得してしまえる。それだけこいつが優秀だと、誰もが知っているからだ。
「うそ、あたしが師団長…?」
「はん、良かったじゃねえか、ハルヒ」
本人は驚いているが、俺は当たり前と言える結果だと思った。まあこれで、俺とお前が離れることは決定だな。
「今度の部隊でも頑張れよ」
「…なぁに言ってんの!」
ハルヒはダンッ、と地面を踏みならした。
「あんたも一緒に来るのよ!」
「は!?マジか!?」
しかしマジなのはハルヒの目を見ればすぐに解る。あくまでも本気らしい。
「もっちろんよ!だって師団長でしょ?つまり、部下を選ぶ権利はあたしにあるのよ!文句なら全部選び終わった後にちゃんとした書類で提出しなさい。額に貼付け返してやるから」
つまり、だ。
再び俺はハルヒとつるむ事が決定されたのである。
「いいでしょ、別に」
ハルヒは教官に向かって不遜な態度をとる。がしかし、教官の方も対して気にしてはいない。まあ岡部だしな。
「ああ、お前については正式な配属も決められていなかったしな」
「…どういうことだ?」
「多分お偉いさんも予想していたんじゃないか?涼宮がお前を連れてくって言い出すのを」
「ふぅん、都合がいいじゃない」
ハルヒはたいして気にせず、にんまりと笑っていた。
ハルヒが配属を振り分けている中、俺はまったくと言っていいほどすることがなかったので、故郷のお袋や妹に報告がてら手紙を書いた。その後は、日がな訓練をしたりして過ごした。
発表から一ヶ月ほど経って、ハルヒは配属表を持って来た。
「お偉いさんにどうしてもこいつらだけはこの位置に入れろ、とか言われたから数人は向こうの意思で入っちゃったわ。ま、いいけど。あとは適当にランダムで選んだの」
「…げ」
ハルヒの言葉を適当に聞き流しつつ俺は自分の配属を見た。作戦部。でもって、作戦参謀。いや俺の事はどうでもいい、その上にある名前が問題なのだ。
「ああ、それ?古泉くんは向こうの推薦よ。でもまあ、彼なら良いんじゃない?頭はいいはずだし」
「だからってなんで俺の上司なんだよ」
「しょうがないじゃない、古泉くんは幕僚総長、っていうのも上の命令なんだから」
ならせめて俺を作戦参謀から外して欲しい限りである。
「だってアンタ変に小難しい事考えるの好きじゃない。だからよ。大体なんでそんなに嫌がるのよ?アンタ達たいして関わりないじゃない」
「成績上位者と関わるのは基本的嫌なんだよ、特に男ならな」
卒業成績トップは、もちろんハルヒだ。男女混ぜてもトップだった。次はたしか長門だった。そして、男子トップが古泉なのである。別に嫌な思い出があるわけじゃないし、やたらと顔が良くてムカつくことを除けば何でも無いのだが。
「ふぅん、ひがみって奴?みっともないわね」
「うるさい、ほっとけ」
他の名前を見れば、谷口や国木田なんかもいた。谷口は戦闘員、国木田は整備らしい。
「お、長門の名前もあるのか」
「うん、あの子優秀だしね。あとね、すんごい萌えキャラがいたのよ!」
なんだそれ。
「会えばわかるわ」
にんまりと笑ったハルヒに思う事はあれど、俺は数日後の顔合わせを待つ事にした。
→