act.10 Alea jacta est.








「…よし、こんなもんだろ」

軽く味を確かめて、鍋の火を止める。厨房を貸してくれたコックに礼を言うと、逆に手間が省けたと礼を言われてしまった。まああれだけの量なら、多分今日中にはなくなるだろう。
カレーを別の鍋に移した俺は早速古泉の部屋に向かう。部屋はどこにする?と聞いたら僕の部屋でかまいませんよ、と古泉が言ったからだ。その古泉も、今は長門を迎えに行っているはずだ。
まあまず古泉の部屋についたら水道くらいちゃんと出るか確かめるべきだろう。水道管が錆び付いている可能性がなくはない。なにせ長いこと使ってなかったみたいだからな。
茶を沸かすのはあきらめている。今度ちゃんと大掃除したときにしておこう。ゆえに茶はボトルである。ま、朝比奈さんの入れる茶にくらべればどれもみんな同じ味なので問題はない。
指紋を照合し古泉の部屋に入るが、まだ帰っていないらしい。ふむ。
冷めちまうぞ、なんて思っていたら帰って来た。

「長門さんを迎えに行ったら例の新人さんに捕まりまして。遅くなりました」
「いや、別に気にしてないさ。さ、早く冷めないうちに飯にしようぜ」

長門が頷く。俺は皿にカレーをたっぷりと盛って二人に手渡す。

「じゃ、いただきます」
『いただきます』

二人とも礼儀正しく手を合わせてそう言う。俺がちょっと心配しながら見守る中、二人が一口。

「あ、おいしいです」
「…おいしい」
「そっか、よかった」

ほっと一息吐くと、端末にメールが入った。ハルヒと、朝比奈さんと、国木田から。

『今日のカレーあんたが作ったんだって?国木田に聞いたわよ、中々美味しかったわ』
『涼宮さんから聞きました。カレー、とってもおいしかったです』
『今日のカレーキョンが作ったんだね、一口食べてすぐわかったよ。谷口は疑ってたけどね』

国木田め、余計なことを。

「しかし食べただけでわかるもんか?カレーなんて使ってるルゥが違えばわからんだろ」
「そんなことないと思いますよ」

と否定したのは古泉である。

「どこかしらその人の料理という特徴は出るものでしょう」
「あなたの場合、簡単そうに見えていろいろと凝っている」

長門が古泉の意見に賛同する。…どうやら見抜かれていたらしい。

「…ごほん、まあそれはいいとして、だ。朝倉に捕まったって、なんでまた?」

古泉は一口茶を飲むと、スプーンを置いた。

「一応僕って上官になるじゃないですか。だからその挨拶を。それから、長門さんを呼んだら『デートですか?』なんて言われてしまいまして」
「彼女も本当はわかっている。あれは私と同じだから」

長門と同じ?

「ええ。僕もそれはすぐにわかりましたよ。瞳を見ればね」

瞳を見れば、って、そんなにわかりやすい特徴なんてあったか?

「私では、わかりにくい。けれど彼女は私と違う派閥で作られている。そのためボディ自体にTFEIである証拠が刻まれている」
「…気がつかなかったな」
「まあ、普通は。よく見ていれば彼女の瞳がガラス玉みたいなものだと思うはずですよ。普通のTFEIは感情はプログラム上のものですから、揺らぎまでは表現できないんです。長門さんの場合、感情がちゃんと確立している。だから微かにでも瞳が揺らぎます」
「…他の派閥っていうのは?」
「涼宮ハルヒを取り巻く情報統合思念体の派閥。私は監視派。彼女の派閥はまだ明らかではない。統合思念体に回答を求めているけれど、回答がない。…でも、おそらくは、急進派」
「急進派?」

長門がこくりと頷く。どういうことなんだ?

「情報統合思念体は同一の存在でありながら相反する意識を沢山もっている。多重人格のようなもの。急進派はその一つで、涼宮ハルヒを刺激し、自律進化を促そうとしている」
「…それは、もしかして」

俺の言葉を代弁するかのように、古泉が問う。おそらく古泉も俺と同じことを考えているに違いない。

「…あなたたちが想像している通りだと思われる」
「…じゃあ、やっぱり今回の宣戦布告には機械人形(ヒューマノイド)が関わってるって言うのか…!」
「しかも、その犯人はおそらく…あの朝倉涼子、ということですね?」

再び長門が頷いた。

「確証はない。けれどこの時期に彼女がやって来たということは、次の手を打ちに来たはず」

長門が少しだけ躊躇い、それでも俺に告げた。

「次に狙われるのは、あなた」














冗談じゃない、何故俺が。そう思ったのだが、古泉も言っていたではないか。俺は『鍵』なのだと。
つまり俺をどうにかすればハルヒにも影響が出るに違いない、そう言う訳なのだろう。

『できればずっとあなたを護衛するべきなのでしょうが…それはあなたも本意ではないでしょう?だから、やめておきます』
『…何かあればすぐに呼んで欲しい。すぐにかけつける』

そう言って二人と別れてから、部屋でいろいろと考えている。朝比奈さんの「気をつけて」という言葉も、朝倉が俺を狙っていると言いたかったのだろうか。
…眠れそうにない。ちょっと頭を冷やしてこよう。


そう思って部屋を出たのが、多分そもそもの間違いだったのだが。


母艦の廊下は暖かくもなく寒くもない。これが本国だとそうもいかないのだが。同じ戦艦なのだから温度を保てばいいと思うのに、わざわざ地球の季節に合わせて温度調整をするのだから、ほとほとあきれる。おかげでまだ少し母艦の一定の温度というのに慣れない。
眠れないのだから、寝ない方がいいかもしれない。無理に寝ても気持ちが悪いだけだろう。そう思って俺が缶でコーヒーを買っていると、声がかかった。

「こんばんは。眠れないのかしら」

振り返ると朝倉がいた。

「…お前か」
「ふふ、そんな怖い顔してどうしたの?」

警戒が顔に表れていたのだろう。いや、そうじゃなくても朝倉はそのくらいわかるのかもしれない。微笑みを崩さないまま、朝倉は俺に近づく。

「折角同じ統合思念体から生まれて来たんですもの、少しくらい協力してくれてもいいと思わない?」
「…それは長門のことを言ってるのか?」
「ええ、もちろん。違う意思のもと生まれていても、最終目的は一緒なのよ、だったら協力し合う方が早いって思わない?」
「ハルヒをどうしたいんだ?」

俺がそういうと、朝倉は初めて表情をかえた。理解できない。まるでそう言いたげに。

「涼宮ハルヒは進化の可能性だわ。わたしたちが進化するためのヒント。誰だって、変化がない毎日なんてつまらないと思うでしょう?」

俺の前を通りすぎ、円を描くようにして朝倉は歩みを進める。

「少なくともわたしはもう飽き飽きしてたの。生まれてそろそろ3年たつんだけど、涼宮さんには小さな変化くらいしか起きなかったんだもの。まあ、これはわたしだけのせいじゃなくて、わたしをこんな風にプログラムした統合思念体にも責任はあると思うの」
「…つまり何が言いたい」

ぐるりと一周し終わった朝倉は歩みを止め、俺の方を振り向く。

「情報の変化を早めるために、あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」

俺が言葉を理解し終わる前に、朝倉は動いていた。捉えるのがやっと、というようなスピードで俺に突っ込んで来たのだ。すんでのところでそれを躱し、手にしていた缶を思い切り叩き付けた。が、すぐにガキンッ、という鈍い音とともに缶が跳ね返され、中身を辺りにぶちまけながら転がった。

「…ナイフか」

また古いものを。

「ふふ、でもこれが一番確実だと思わない?ちゃんと殺した、っていう感触を確認しないと、満足できないのよ」

それ以外の理由もあるだろうな。何しろ俺は白兵戦は成績優秀だったから、銃ならまだしも普通のナイフで俺が殺されるとなれば、それなりに優秀なものでなければならない。
だが、危ないかもしれないと言われて俺が武器を持っていないとでも思ったのだろうか。

「悪いな、一応俺も武器は携帯してるんだよ」

俺は静かに銃を朝倉に向けた。だが朝倉はそれがどうしたの?といいだけに微笑んだままこちらを見ている。…ええい、知るか!俺もまだ、死にたくはない。
覚悟を決めると静かに引き金を引いた。チュン、と些か間抜けに聞こえる音がして、朝倉の眉間を銃弾が貫き、朝倉が倒れる。
―――――はず、だった。

「なっ…」
「無駄なの」

朝倉は傷一つなくにこりと笑ったまま俺の前に立っていた。いや、確かに弾は発射されたはずだ。ならば、何故。
俺は続けて二発、三発と撃った。しかし、よく見てみれば朝倉の目の前で不可視の壁に阻まれたように、銃弾が朝倉の足下へ落ちる。いったい何が起きている?

「今この空間はすべてわたしが支配しているの。だから、全部無駄なの」

逃げるしかない。そう思ったのだが俺の足はまるで地面に埋まったかのように動かなくなっていた。まさか、本当に?

「情報思念体の一部だもの。わたしは。だから好きなように情報を操れるの。…こんな風に」

パチン、と朝倉が指を鳴らすと一瞬で部屋の景色がかわっていた。自販機なぞどこにもなく、ただ瓦礫だらけの空間。

「…そろそろおしゃべりも終わりにしましょう。飽きて来ちゃった」

朝倉はナイフを握り直すと、再び俺に向かって微笑んだ。

「だから、死んでね」

朝倉は微笑みを貼付けたまま、俺に向かって突っ込んで来た。
――――ああ、死ぬ。俺はそう覚悟して、目を閉じた。





























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