眼前に小さく赤い液体が舞う。しかしそれが俺のものでないのは一目瞭然だった。
なぜならば俺と朝倉を遮るように一人の人物が立っているし、何より俺がひとっつも痛みを感じないからだ。
あまりの出来事に一瞬俺が理解することを放棄していると、聞きなれた声がした。

「パーソナルネーム朝倉涼子を敵性とみなし、これより排除を開始する」








act.11 Calamitas virtutis occasio est.








その声の方向から何やら高エネルギーの集合体らしき白い光弾が飛来すると、朝倉がナイフを手放しその場を離れる。同時に爆発音と閃光。やっと冷静になった俺は二人に駆け寄る。

「長門、古泉!」
「遅くなった」
「すみません、僕が無理を言って一緒に連れてきて貰ったんです」

そのせいで時間がかかりました、と古泉は申し訳なさそうに言うが…手のひらの出血は大丈夫なのか?

「ご心配なく。出血は多いですが表面が切り裂かれただけですから」

ナイフが刺さったんじゃないかと思っていたのだが、どうやらナイフを掴んで切り裂かれただけだったらしい。いや、それで安心出来るわけでもないが。

「ふふっ、やっぱり簡単には殺らせてもらえないのね」

朝倉はこの状況でなお笑っていた。

「だってわたし、この感情しかプログラムされてないんだもの」

朝倉は俺の思考を読んだかのようにそう言う。

「読んだかのように、じゃなくて読んでるの。言ったでしょ、今此処はわたしの空間だって」
「だからわたしも思い通りに動くことが出来ない。苦戦するのは予想済み」

長門でも辛いのか。

「…そうそう、わたし長門さんに聞きたいことがあったの」

朝倉は子どものように無邪気に笑い、そしてその口で極めて残酷なセリフを吐いた。


「どうしてあなたは自分が人間と同じだなんて思っているの?」


「な…っ!」

怒りのあまり一瞬頭が真っ白になった。
だが、長門に服の裾を掴まれ冷静になる。そうだ、俺が動揺してどうするんだよ。

「わたしに心理戦は通じない」
「そうかしら?だって感情だけなら脆い人間と同じなんでしょう?」

俺を冷静にさせたのは長門が冷静だったからではない。小さくその体が震えているのが解ったからだ。

「中身だけでしょう、人間と同じだって言うのは。…あぁ、中身も実際は違うのかしら?人間以上のことができるものを、人間とは言わないわよね」
「…そんなことは最初から知っている」

長門の震えは段々と大きくなり、白い顔は白さを通り越して血の色なんてひとつも感じられない。

「そうかしら?じゃああなたは何故、その感情さえプログラムされたものだと思わないの?」
「…ゃ、めて…」

かろうじて聞こえるような小さな声で長門が悲鳴を上げた。

「だってそれ、所詮作りものでしょう?」

朝倉は笑っていた。残酷な言葉を吐きながら。本当に、それ以外知らないとでも言うように。

「あなたがプログラムでそう思い込まされているだけだって、どうして思わないのかしら。プログラム上のバグでしょう?人間と同じ感情であるはずがないわ。わたしたちは機械だもの」

にこりと笑った顔は動きもしない。長門の震えは、大きくなっていた。

「やめて…」
「機械なのよ。同じになれるはずないじゃない。わたしたちにプログラム以外の何かがあると思ってたの?」

長門は今にも倒れそうだった。それを見た瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。

「やめて…っ」

長門が古泉にも聞こえるくらいの悲鳴を上げるより前に、俺は朝倉に向かって走り出していた。空間が朝倉のもの?知るか。少なくとも今、長門と古泉の登場で穴くらい開いてるはずだ。女には出来るだけ手を挙げない主義だが知るか。ご本人様が機械だっつーんだ、ポンコツを叩いて直すくらい良くある事だ!
何も考えずただ俺は朝倉に向かって殴り掛かった。当たるわけない、もしくは当たっても対したことないと思っているのかもしれない、朝倉はまったく避けなかった。

バジィッ

と電気のはじける音がした。吹っ飛ばされた朝倉は呆然とこっちを見ている。…いや、あれは焦り、か?

「…何よ、それ…」

俺の腕についてるものに目がいったのだろう、朝倉はまだ呆然としつつつぶやいている。まあ、それも仕方がない事なんだがな。

「対人間、対機械のスタンガンみたいなものだな」

まさか学生時代に国木田が好きなだけ改造してくれた携帯用端末がこういう形で通用すると思わなかったが。
『警備用の機械がバグって襲ってくるかもしれないだろ?ないよりは良いよ』と俺と谷口の端末は国木田によって好きなだけ改造されて行ったわけなんだが、ありがとう国木田、正直助かった。
まだ動けないであろう朝倉から離れ、俺は長門の腕をつかむ。

「逃げるぞ!」

古泉が頷いた。最初はショックから立ち直れなかった長門も、今は俺が引っ張らなくてもいいくらい、同じ速度で走っている。

「どうするんですか、これから」
「とりあえずの…時間稼ぎだ!」

長門にちらりと視線を移すと、長門は頷いた。
手だてはあるのだ、ならばあとはそれをどうにか実行に移せば良い。ただそれまで時間がかかる。

「しばらくは逃げ回るしか…うわっ!?」

どこからかレーザーが飛んで来て俺の目の前を通り過ぎた。…ふむ、どうやら他の機械も動かしているらしい。
さて、どうするか。そう思っていると古泉が一歩前に出、任せて下さい、と言わんばかりにウィンクした。
その間も機械は照準を俺たちに合わせている。どうするのか、と見守っていると、古泉の手のひらに小さな赤い弾が出現した。

「ふんもっふっ!」

なんだそのかけ声は、と突っ込む前に古泉はその手の中の赤玉を機械たちに向かって叩き付けた。同時に起こる爆音と、爆風。それが晴れた頃には粉々になった残骸だけが残されていた。
ぞわり、とした。あんな小さな固まりが、あれだけの機械をこんな風にしてしまうなんて。
そんな俺の様子を感じ取ったのか、振り向いた古泉は困ったような、少し辛そうな笑い方をしていた。

「…見た目はあんなのでも、人一人殺せるくらいの殺傷能力は軽くあるんですよ。…気にしないで下さい、誰でも、怖い、と思うはずですから」
「っ…」

あまりにも、その古泉の顔が寂しそうに見えたせいで、俺はつい古泉の手を引いていた。

「別に、怖くなんかねーよ」
「え?」
「お前はお前だろ、だから怖くなんて何もない。…お前は簡単に、人を殺せるようなやつじゃないだろ」

振り向きもしないまま、俺は走り出す。小さく、

「…ありがとう、ございます」

と泣きそうな声が聞こえたが、無視だ無視。

「長門、どうしたらこの空間を突破できる?」
「今、情報連結の解除を申請して、凍結プログラムを解答している。時間がかかる」
「そうか」
「早くこの問題を解決するには、朝倉涼子本人のプログラムおよび肉体情報を破壊するのが有効」

…やっぱり、か。出来ればやりたくない方法なんだが。

「…策はあるのか?」
「三人同時にかかれば、おそらくは」

そうなれば、逃げ回っていても仕方がないだろう。狭い場所で迎え撃つがいいか、広い場所で迎え撃つが良いか。…どのみち、今空間のすべては朝倉の支配下だ。ならば、できるだけ広い場所で戦うのが得策だろう。そう判断すると、俺は近くの会議室に転がり込んだ。
そのすぐ後、扉に多数の槍が突き刺さる。もう追いついてきたってのか。

「ふふ、鬼ごっこはもう終わり?」
「ああ、終わりだ」

俺は携帯端末のリミッターを解除する。同じように、古泉は手のひらに先ほどと々弾を生み出し、長門は朝倉を見据えている。

「徹底抗戦の構え、ってところかしら?」

朝倉は再びナイフを顕現させ、それと同時に無数の槍を空中に生み出した。


「ふふっ…死ぬまでの間、わたしを楽しませてね?」



























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