act.12 Memento mori.











シュッ、と空気が切り裂かれた音の後、降り注いでくる槍の雨を俺は転がりながら避ける。そして少しでも朝倉に近づこうと走るのだが、すんでの所で逃げられる。余程あの国木田作の電撃装置が怖いらしい。

「ふふ、挑発したって無駄。私は自信はあるけど、プライドなんてバカげたもの、持ってないの。だから逃げることを屈辱とは思わないのよ」

俺が朝倉の動きを止めさえすれば、長門も古泉も手を出しやすくなる。だからこそ先ほどからこうして走り回っているのだが。

「大丈夫ですか?」

荒い息をつく俺に古泉が問いかける。大丈夫…と言いたいが、流石にキツいな。

「向こうは疲れを感じませんからね。長引けばこちらが不利なことは明白です」
「わかってる」

再び襲って来た槍を古泉が迎撃し、俺は立ち上がる。何か良い案は無いのか?

「良い案ではありませんが、提案はできますよ」
「…、言ってみろ」

会議室を駆け回りながら俺は言う。

「誰か一人―――この場合提案者ですから僕が、囮になって朝倉さんを足留めする、と言うのはどうでしょう?」
「却下だ」

俺はきっぱりと言ってやる。

「全員で脱出しなきゃ意味がない」
「ええ、あなたはそう仰るだろうと思っていました。だからこそ良い案ではないと言ったのですか…らっ!」

再び古泉が球を飛ばし、槍を迎撃する。こいつも余裕そうに見えて体力は消耗しているはずだ。早いとこケリをつけてしまいたい。

「長門!」

俺が長門に呼びかけると、朝倉の攻撃を華麗に避けつつ長門は首を横に振る。まだ、か。
長門は先ほどから呪文のような言葉を早口で呟いている。朝倉の空間を破ろうとしているのだろう。
しかし今のところ効果はないらしい。朝倉にもこの空間にも変化はない。

「長門さんを気にする気持ちはわかりますが、ご自分の状況も注意して下さいね」
「ああ、わかってる」

再び槍を迎撃する古泉にそう答えつつ、俺は長門の元へ走る。

「長門」
「…わたしも一番良いのは彼が提案した方法だと思う」
「けどな…!」
「わかっている。誰かが傷つくことを許諾してしまえば、私は朝倉涼子と変わらない」

こんな状況とはいえ、俺は嬉しくなった。そうだ、お前は人形なんかじゃない。
しかし、一方でこのままでは突破口が見つからない事もわかっている。

「わたしたちの心臓(コア)は頭の所にある。それを破壊できればわたしたちの勝ち」
「俺らがやられればそこで終わり…か、わかりやすくていいな」
「わかりやすくて助かりますが…1か0かしかない、という事に変わりはありませんけどね」

…大丈夫だ、軽口を叩く余裕はまだある。

「ふふ、どうしたの?防戦一方じゃどうしようもないんじゃない?」

朝倉は自分が負けるとはまったく思っていないのだろう。そこに隙があればいいのだが。
長門が防御壁を解除した途端、古泉が光球を放ち、俺はそれが起こす爆風と粉塵にまぎれて朝倉に近づく。こちらも性格に向こうの動きがわかるわけではないが、向こうも同じ事だ。熱源感知されている可能性がないわけではないが。
やはり感知はされているのだろう、粉塵を切り裂いて槍が飛んでくる。頬を軽くかすめた。傷口が熱を帯びる。傷は浅い。気にしている場合ではない。
槍には普通の攻撃も効くので、遅い来る槍を手にしたナイフで振り払う。きぃんっ、と澄んだ音を立てて槍がはじかれる。本来なら音を出すと相手に居場所がバレるのだが、感知はされているのだ、今更だろう。
再び爆風が巻き起こる。先ほど見ていた位置なら朝倉はあそこに――――

「そろそろ飽きたわ。終わりにしていいかしら?」
「!?」

声は後ろから聞こえて来た。しまった!
今までは遊びのつもりだったのだろう。朝倉の態度がそれを物語っていた。

「じゃあ、死んで」

朝倉は笑顔だった。そう、最後まで。
握ったナイフが俺の腹に突き立てられる事は、なかった。なぜなら俺の前に飛び出して、俺をかばった奴がいるからだ。

「…何、してるの。意味がわからないわ」

朝倉はその行動が理解できないようだ。かばう、だなんて。俺も理解できない。どうしてお前がここまでする必要があるんだ!

「古泉!!」

ナイフは深々と古泉の腹部に突き刺さっている。朝倉は理解できない感情を受け入れられないのか、呆然としている。エラー、という奴だろうか。
早く、と古泉の口が動いたのと同時に、俺は装置を発動させ、朝倉の頭部に押し当てていた。バジィッ!と電気のはじける音がする。

「あ…」

朝倉の口から小さく声が漏れた。長門が近づいて来て、朝倉に触れる。

「肉体情報の連結を解除を申請。構成情報削除(プログラムクリア)」

長門がつぶやくように言うと、長門が触れていた部分から、粒子になって朝倉が消えて行く。

「…あーあ、油断しちゃった。わたしも結局、まだまだだった、ってことね」

どんどん体が消えて行くというのに、それでも朝倉は笑っている。怖いとか、そう言う感情がそもそもないのだろう。

「残念。長門さんにも勝てるかなぁ、なんて思ったんだけど…これを、悔しいっていうのかしら?」

くすくすと朝倉は笑う。
長門はそれを少しだけ痛ましそうな顔をして、見つめている。もう、半分以上が消えた。

「…わたし、本当は多分、」

羨ましかったのよ。
笑顔でそう言って、朝倉は完全に消え去った。ことん、と冷たい床にヒビの入った丸い機械が落ちる。…これが心臓(コア)か?
長門は少し躊躇った後、それを拾い上げる。その姿が少しだけ泣いているような気がした。

「古泉!」

俺は思考回路を切り替えて、古泉の傍に座り込む。ナイフはまだ刺さったままで、それを抑えて小さく古泉が呻く。

「い、やぁ…失敗、しちゃいました」
「アホ!喋んな。…長門、直せるか?」

長門は小さく頷く。

「けれど出血量が多い。完璧には直らない」
「それでいい。とりあえず傷だけ塞いでくれ。…抜くぞ」

古泉が頷いたのを見て、俺はゆっくりとナイフを引き抜く。勢い良く抜いた方が痛みは少ないかもしれんが、それで血が吹き出ても困る。

「っ…!」
「すぐに終わる。じっとしていて」

長門は軽く古泉の腹に触れると、何事かつぶやく。構成情報の再構築、とか聞こえた。
すると戦いでぼろぼろになったはずの部屋がいつもの通りの部屋に戻っていく。ふと古泉を見ると、ナイフで切り裂かれた傷も概ね塞がっていた。

「眠った方が良い」
「でも…」
「その状態ではどのみち倒れる。だから眠って」

す、っと長門が古泉の顔に手をかざす。古泉は抵抗しようとしたようだが、あえなく眠りについた。

「…大丈夫なのか?」
「心配ない。一週間ほどで全快する」

貧血で一週間?

「彼は疲れている。多分、熱が出るはず」
「そう、か」

俺が油断しなけりゃ、古泉が怪我する事無かったって言うのにな。

「わたしが彼の立場でも、あなたが彼の立場でも、同じ事をした。…違う?」
「…そう、だな」

苦笑しながら俺は長門の頭を撫でた。
さて、この男をどうやって部屋まで運ぶべきかと、思案しながら。
































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