「良かったぁ、わかって貰えたんですね」

そう朗らかに笑いながら、彼女は俺の隣に座った。

「…まさか、この目で本当に未来から来た人を見る日が来るとは思いませんでしたよ」

心底驚いた様子の古泉に俺も頷く。信じていなかった訳ではないのだが、わざわざこうして実際に会いに来る理由がわからないのだ。

「それで、未来人だと言うことをわざわざ証明するためだけに会いに来た訳じゃないんでしょう?」

俺がそう問いかけると、朝比奈さんは神妙な顔で頷いた。

「もっともな疑問だと思います。実はあなたたちに、ある時代へ飛んで欲しいの」
「ある時代へ…?」

朝比奈さんは頷いてその時代と行くべき場所を告げた。

「え、それは…」
「えぇ、キョンくんは、気付くと思いました」
「…? どういう、ことですか?」

後々わかることです、と朝比奈さんは悪戯っぽく古泉に笑いかけた。












act.15 Initium sapientiae cognitio sui ipsius.














そうする必要がある、と軍服に着替えさせられた古泉を見て俺はますます確信した。今から向かうのは、あの日の、あの場所だ。

「決して目を開けないで下さいね?じゃないと大変なことになっちゃいますから」

と言った朝比奈さんの言葉は正しく、目を閉じていてさえ、酔った。いや、酔ったと言うと語弊があるのだが、とにかくそんな感じだ。
お陰で目を開けた時さえ地に足がついているという実感がなかった。

「…っと、大丈夫ですか?」

ふらついた俺を古泉が支える。…平気そうだなお前。

「ほぼ生身で宇宙空間に出ることもありますから、三半規管は鍛えられてるんですよ。それに、こんな時に言うのは不謹慎でしょうが…」

一度体験してみたかったんです、時間旅行。
と古泉は子どものように笑った。

「それで、朝比奈さん、僕らは一体何を?」
「もう少し、待っていればわかりますよ。…ね?」

朝比奈さん(大)は俺に向かってウィンクして見せる。訳の分からない古泉は少々むくれているようだが、仕方の無いことだ。言わない、と言うことは今古泉は知ってはいけないのだろう。

「…来ました」

朝比奈さん(大)の視線を追うと――――いた。
不安そうな顔をして、必死に涙を堪えながら歩く少年を、俺は知っている。何故ならあれは、俺に他ならないからだ。

「古泉くんはあの子を守ってあげて下さい。キョンくんは敵の数を減らして下さい。このままじゃ古泉くんでも守りきれないわ」
「アイアイマム。頼んだぞ、古泉」
「アイアイサー、とでも返しておきましょう」

古泉と軽く拳を付き合わせてから俺は走り出す。

『左斜め45度前方に熱源反応を確認。敵性と判断』

端末を通して長門の声が聞こえてきた。サポートしてくれるらしい。

『数、三。目標との距離、残り300m』
「了解」

俺は懐から銃を取り出すと安全装置を外した。敵の数を減らせとは言われたが殺せとは言われていない。

『敵もこちらに気が付いた。――――来る』

長門が言った途端、奴らは飛び出してきた。見たこともない軍服の連中だった。あの時聞いた銃声の数を思い出しながら引き金を弾く。
まずは三発。やつらの銃を狙う。二人は上手く銃を弾き飛ばせたが、一人は外れた。
そうして怯ませた所で素早く肩と足を撃ち抜く。だがしかし、これもまた見事に一人だけ外れる。

「くそ…っ」

そいつは悪態を付きながら子どもの俺がいるであろう場所に向かって行く。発砲しながら移動しているせいで、迂濶に近づけない。
だがこれで正しいのだと俺は知っている。予想通りそいつは子どもの俺を見つけると、数メートル先の子どもの俺に向かって銃を構えた。
このあとがどうなるのかなんて、俺はもうはっきりと思い出している。
古泉が子どもの俺に覆いかぶさり、弾は古泉に命中した。

「ぐ…ぅっ」

古泉が呻くのが見えたが、幸い肩を翳めただけらしい。古泉の避け方が良かったのか、それとも敵がへたくそなのか。

「へたくそなんだよ、この…!」

俺は敵に向かって数発発射する。見事それは当たり、足を撃ち抜かれたそいつはもんどりうって倒れた。

「すぐに戻ってきますから、古泉くんとキョンくんは待ってて下さいね」

とだけ言うと朝比奈さんはそいつをひっつかみ、物陰へ消えてしまった。おそらくまた、時間移動をしているのだろう。
ふと、泣き声が聞こえた。どうやら俺が泣き出したらしい。

「大丈夫だよ、泣かないで。僕は平気だから」

そう言って、古泉が俺の頭を撫でる。
このとき、この場所でこうして古泉に助けられた事が、俺が軍に入るきっかけだったのだ。

「…もう、大丈夫だね?」

俺はこくりと頷く。と、丁度良い事に朝比奈さんが戻って来た。古泉に目で合図する。

「それじゃあ、僕はもう行くよ。…元気でね」

にこりと微笑んだ古泉は、俺の頭を一度だけ、名残惜しそうに撫でるとその場を立ち去る。

「目を閉じて」

朝比奈さんに言われて俺たちは目を閉じ、目をあけたときには元の場所に戻っていた。

「…これで任務は終了しました。ありがとう」
「朝比奈さん、あの」

俺が何か言い出す前に、朝比奈さんは困った顔をして人差し指を唇の前に立てた。

「【禁則事項】で、【規定事項】なんです。今はまだ、話す事が出来ません」

ごめんなさい。
そうとだけ言い残して、彼女は俺たちの前から姿を消してしまった。

「…よかったのか、色々と聞かなくて」
「ええ、聞いた所で、きっと答えてくれなかったでしょう。それに、予想はついています」
「…聞かせてもらおうか」

古泉は頷いて、俺たちは再び喫茶店に戻った。

「おそらく、他の未来の人たちでしょう、襲撃して来たのは」
「他の未来の人間?」
「ええ」

そんな人間が、どうして俺を殺しに?

「これは僕の予想でしかありませんが…涼宮さんが変わったのは、奇しくもあなたに出会ってから、です。あなたが涼宮さんに関わる事で変わってしまった歴史を修正したい人物がいる、ということではないのでしょうか」
「…また、俺が鍵だから、っていうのか」
「ええ。…できれば僕も、あなたが本当に涼宮さんの鍵でなければいいと思っていますよ」

何故だ?

「これ以上、危険な目にあって欲しくはないからです」

そう言って古泉は、少しだけ躊躇ってから、俺の手に触れた。

「無事で、良かった。あなたを守れて、よかった」

古泉の手を振り払いたい衝動を抑えて、好きなようにさせてやる。その手は少しだけ震えていて、本当に心配してくれたんだと、思ったからな。
しかし。

「でも、子どものあなた、本当に可愛らしかったですね」

などと一瞬で古泉が空気をぶちこわしてくれたので、俺は古泉の顔を殴りつつ、手を振り払ってやった。



ま、その場の空気を和ますためにわざとやったんだってことくらい気づいてるからな、手加減はしてやったさ。





























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