その翌日、まだパトロールのための日が残っているからと俺たちは今度こそ街をぶらつくことにした。今日は長門も一緒である。
ハルヒは朝比奈さんを連れてコスプレ衣装探しに向かっている。やれやれ、どんな衣装を買ってくるつもりなんだか。
「俺たちについて来て良かったのか?長門」
「いい」
「つまらんかも知れんぞ」
「そんなことはない」
綺麗に即答してくれる長門に嬉しくなって、そうか、と素っ気なく返しながらも笑みが深まるのがわかった。
「さて、どこに行く?」
「そうですね…」
…なんてどうでしょう、と言った古泉に俺は思わず脱力した。
act.16 Vena tangenda est.
古泉が行きたいと言い出したのは古い年代物のおいてある店だった。
しかも、ゲーム専用の。
「…まさかお前がこういうのが趣味だとは」
「意外ですか?」
「いいや?そう言えばお前の部屋にもいくつかあったっけ、と今思い出した所だ」
あれだけ汚い古泉の部屋なのに、ボードゲームの一画だけはきちんと片付けられていたからな、よっぽど好きなんだろうな、と思っていたのだが。
「僕はあなたこそ好きなんじゃないかと思ってましたよ」
よくお友達と遊んでいらっしゃったじゃないですか、と古泉は言うが、なんでそれを知っている?
「あ、いえ…談話室だったじゃないですか、それで良く見かけたものですから」
「そうか?」
その割にはあまりこいつを見なかった気がするんだが…多分俺が覚えてないだけなんだろうな。
「ま、あれは付き合いって奴だよ。それにあれは仮想現実(バーチャル)タイプのボードゲームだろ、これなんかちゃんとした物質でできてるじゃねえか」
殆どが木でできていて、もちろん値段もそれなりにする。こんなもの、現存してる方が珍しいっつーの。
「家にオセロとチェスはあるんですけどね」
オセロはこの場所においてある物と同じだったが、チェスは確かガラスでできたチェスじゃなかったかと俺は思い返した。
木製のチェスよりは少し安かったんです、と古泉が苦笑する。まあ、この時代、木製製品の方が高いのは当たり前だ。何しろ物資がないんだからな。
惑星を持っている国はそれなりに物資もあるんだろう。だが俺たちが持っているのは船団だけなのだ。商船や同盟国との貿易で暮らして行っているのが現状だ。
「簡単に皆さんで遊べるもの…というと、何がいいんでしょうね」
「皆さんで…って、ハルヒ達も交えてか?」
「ええ」
「じゃあ双六が良いんじゃないか?」
俺が言うと、長門が盤双六を指差す。
「いや、それじゃなくてだな。それだと二人でしかできないだろう?」
「けれどこれ以外の双六がおいていない」
「こういう板じゃなくてな、紙で作ってある双六もあるんだよ」
「そうなんですか?」
古泉も知らないとは。
「国木田が一回仮想現実の方で作った奴だけどな、縮小して見せてやるよ、ほら」
端末をちょいちょい、と弄って俺は長門と古泉に双六を見せてやる。
「へえ、面白そうですね」
「だろ?途中で止まるマスに、好きなこと書くってのもありなんだ。例えば一発芸をする、とかな」
「…ユニーク」
長門も気に入ったらしい。今度ハルヒに提案してみるか?
「あいつも、結構こういうのは好きそうだしな。自分で作る、ってなったら良い暇つぶしにもなって喜ぶだろ」
「そうですね、楽しそうです」
「同意する」
「なら、とりあえず多人数用のゲームはそれで良いとして、古泉は何が欲しくて来たんだ?」
え?と古泉が問い返す。あのな、お前、何か目的があるからここに来ようと思ったんじゃないのか?
「ええと、あなたもお好きなんじゃないかな、と思ったので来たんですけど…」
は? 思わず俺はぽかんと口を開けて聞き返してしまった。くそ、今ものすごく間抜けな顔をしていたに違いない。
「…別に、お前が行きたい所を選べば良かっただろう」
「ああいえ、僕の行きたい場所でもあったんですが、あなたも楽しめればいいな、と思っていたので。…長門さんも、アナログのものなんて本以外あまり嗜まれないでしょうし」
「そう。本はデジタル化して読むよりもアナログの方が好ましい。五感に訴える物がある。…あなたのこれも、同じ?」
「ええ、そうですね、長門さんの言う通りだと思います。今の時代、元が木である以上紙もそれなりに高い物ですが、やはりデジタルで収めておくよりは、アナログで手に取って読みたい、触れたいと思いますよね。それに、匂いがまた素晴らしいと思うんです」
「わたしは質感が良いと思う」
「なるほど、紙をめくるときの音も、と言ったあたりでしょうか」
長門と古泉のアナログ談義を横で聞きつつ、俺はにやけそうになる顔を誤摩化そうと、必死で近くのボードゲームに意識を逸らしていた。いかん、なんでこんなに古泉の一言を嬉しい、と思ったりするんだ。いや、仕方が無いだろう、何せ俺が憧れていた人物は、実は古泉だったのだから。子ども時の記憶というのはそう簡単に消える物じゃない。ああ、そのせいだ。それ以外の何でも無い!
「五感、というとでは味覚は、という話になりますが、匂いから来る味覚、というのもありますよね。匂いだけで味が連想できるというか」
「視覚から得られる味覚もある。脳が理解した描写は舌でも思い出されるもの。そう言った描写のある本は素晴らしいと思っている」
「あー…盛り上がってるところすまんが、そろそろ何か買うかどうかして、ここ、出ないか?」
さっきから店主がすまなさそうにしているんだが、と俺がいうと、二人してすみません、と店主に頭を下げた。
結局その場で古泉はボードゲームを一つ、長門は古い本を一つ購入していた。俺は妹に土産として送ってやるか、と小さなオルゴールを一つ。けっこうな値段はしたけどな、年代物だし。
「妹が壊さなきゃいいんだが」
「あなたの妹さんなら、大丈夫なんじゃないですか?」
「いやいや、まったく落ち着きが無いガキなもんでな、小さい物だと結構壊しちまうんだよ」
一応箱に包んでもらったのだが、このままだと忘れて俺が放置しそうだな、と端末を操作してシャミセンを呼ぶことにした。
「シャミセン氏、ですか?」
「別にこいつに敬称をつけなくてもいいんだよ、郵便屋みたいなもんなんだからな。…頼んだぞ」
「にゃあお」
と低い声でひと鳴きすると、シャミセンは再び元来た道を戻って行く。学生時代にハルヒが拾った郵便用の機械生物で、三毛猫の姿をしている。どうやら使われてなくて捨てられたみたいだったが、ハルヒが気に入ったもんで、それを使うことにしたんだよな。
「あいつも拾った時はぼろぼろだったが…もしかして、あの時、お前が修理してやったのか、長門」
「そう」
「そっか」
ぽふ、と長門の頭を撫でると、少しだけ嬉しそうに口角を上げた。周りから見たら、表情なんて変わってないんだろうな、というくらいの動きだ。
結局ハルヒも長門も大して使わんせいで、今では俺の家専用、みたいなもんになっている。長門は郵便生物なんて必要ないし、ハルヒもロクに家に連絡とってないらしいしな。結局は妹から週一で報告の手紙が送られてくる俺が使っているのだ。
「良かったですね、シャミセン氏、あなたに使ってもらえて」
「どうだかな。家に手紙を届けりゃ、あとは我が家の…というか妹のペットになってもみくちゃにされるわけだからな。ま、時々俺の所でくつろいでる時もあるんだが」
「幸せですよ、きっとね」
そう言って笑った時の古泉の顔は確信めいていて、その理由を聞きたかったのに聞けなかったのは、何故だろう。
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