「長門、俺は今どの地点にいるんだ?」
《この惑星における東南部の密林地帯。あと南へ500m進めば水源がある》
「500mっつったって何も見えやしねえぞ…。ああいや、お前の情報を疑ってる訳じゃない」

長門にそう返しながら俺は思わず溜息をついた。何よりこのスーツが鬱陶しすぎる。

《何らかのウィルスがある可能性もありますから、流石に生身で向かう訳にはいかないでしょう。―――涼宮さんが見てさえいなければ、長門さんに頼むと言う方法もあったのですけれどね》

そう言う割にはこの回線はハルヒには繋がっていないのだから、別にどうにかする手段はあったのではないかと思う。まあ長門に頼りすぎる訳にもいかないからには、こうやってスーツを着るのも仕方が無いとは思うが。
目の前のメット部分に表示される情報で古泉たちの位置を確認しながら俺は更に密林の奥へと足を運んだ。








act.17 Omnium rerum principia parva sunt.







何故俺が今こうして密林地帯を歩いているのかと聞かれれば、母国が未確認の惑星を発見したからである。まだどこの国にも登録されていない惑星は資源の調達にとても役立つのだ。俺たちのような戦艦暮らしの国は特に。
そしてそう言う所の捜索は俺たちのような兵士に回って来るのだ。いや、本来ならば俺たちはそんな所に行かなくても良いような地位の持ち主なのだが、ハルヒが黙っているわけがない。

「未知の生物と遭遇できるかも!」

なんて言いながら自分の分のスーツを用意しやがったのだ。もちろん、そうなれば俺たちが行く事も決まっている。というかハルヒがそう言う事を言うと洒落にならんと思うのだがな。

「…惑星をスキャンしてあらかじめ調べる事もできる」
「ああ、別に良いんだよ。お前がそこまで疲れる必要は無い」

長門は働きすぎなんだよ、と頭を撫でるとじっと見つめられた。どうした?

「…わたしがナビゲーションをするのだから、あまり変わらない」
「う…そうだとしても、だよ、ちょっとは気をぬけって、な?」
「彼の意見に同意しますよ。惑星を見つけたのも長門さんじゃないですか」
「わたしはただ見つけただけ。あれは作為的に誰かから情報が飛ばされた可能性がある」
「どういうことだ?」

俺がそう聞き返すと長門は無感動な目を再び俺に向け、

「罠である可能性が50%以上あるということ」

と呟いた。罠?

「他の国か…あるいは、涼宮さんの力を恐れている組織か、ということですか?」

長門が無言で僅かに首を縦に動かした。おいおい、マジか。

「可能性は98.5%」
「…そんな所に今から行かなきゃならんのか。やれやれ…」

そうぼやいた所でどうにもならないのは分かっている。すると、長門が俺の腕を取って、袖をまくり上げた。…長門?

「っ!」

いきなり長門は俺の腕に噛み付いた。突然の事で理解できず、俺は数秒固まる。痛くはない。むずむずはするが。
固まる俺を他所に長門は古泉にも同じ事をしてみせる。古泉すら驚いて一言も発さない。

「…ナノマシンを注入した。自立行動型浄化機能付き」

…ええと、つまり?

「有害物質が我々の体に入った時、自己判断で浄化して下さるナノマシンを注入して頂いた、ということでしょうか?」
「そう」

長門がこくりと頷いた。ほお、そりゃ便利だな。

「もしもの時のため。朝比奈みくると涼宮ハルヒにも注入した」
「ありがとな。…って、ハルヒにも噛み付いたのか!?」
「涼宮ハルヒには間接的に朝比奈みくるが側に居れば伝わるようにしてある」

それが懸命な判断だろうな。





そうしてこの星に降り立ったのが約5時間前になる。

《性格には4時間と57分32秒90》
「いや、そこまで細かく言わなくても良い。…っと、あったぞ、オアシス」
《オアシスと言う表現は正しくない》

それでも俺にとったらそんな気分だ。それにしても、これは湖か?結構でかいぞ。
本来なら俺の後ろには一般兵がついているはずなのだが、この惑星はあまりにも広いため全員バラバラに動いてもらっている。その連絡は全て長門が管轄していて、その情報を打ち込む事によって目の前の空間モニタに映し出される地図が広がっているのがわかる。

「とりあえず水源の確保はできそうだな」
《この惑星は資源が豊富に用意されている。これでしばらく自国も潤う》
「そうだな、良い事だ」

これが罠でなければ、の話だが。
俺はボードに水を注ぎ込む。水蒸気で動くので、バッテリーと水さえあればどこでも行ける。僅かに地面から浮いているから、でこぼこ道だろうと心配はない。…そう高くは飛べないが。

「長門、次のポイントは?」
《そこから3km先に何らかの施設の跡があると思われる。この星の文化を知る重要な鍵になる可能性がある》
「了解」

短く返してボードを前に進める。正式名称はエアーボードと言うんだったか?

《まずはそこから1km先へまっすぐ》

長門の指示に従いボードの速度を僅かに上げた。体重の乗せ方を感知して方向やスピードが変わる。発売された当初はかなりの人気商品だったのだが、うまく乗れずに事故や怪我が多発したためか次第に廃れ、今ではおそらくこうして軍で使用されているだけだろうと思う。
最大速度は時速70km。そりゃ、子どもなんて危なっかしくて乗せてられないよな。

《そこから北東へ2km。施設が見える》

つまり後は好きにいけと? …長門らしくないナビだな。どうしたというのだろう。
けれど俺はそれを口に出さずボードを走らせた。
おそらくは罠だろうな、それは分かっている。
罠だと言うのならば、いかなければならない。何故なら逃げた所で同じだろうし、どのみち調査は必要なのだ。
目的の施設らしき物が見えて、俺はボードに乗ったまま施設内へ入って行く。もしもの時すぐに逃げ出せるように、だ。
手には長門から渡された端末がある。機械製品があればこれを繋いでくれ、と言われているのだ。施設は外観からして技術的な場所なのでこれは大いに役立つだろう。
早速操作部分であるらしい機械を見つけたので早速端末をその上に置いた。差し込まなくていいのか、と聞かれそうだが流石は長門の端末。自分で管を伸ばすとその機械に取り付け、淡く光り出した。情報を読み取っているのだろう。
ちなみに使い捨てらしいので、ここで放置して行っていいらしい。いくつか端末を預かっていると言う事は、色んな場所に置いて来て欲しい、ということなのだろうで、ボードに乗ったまま更に奥深くへ進むことにした。
しばらく前に進んでいると、ある地点で急にボードが動かなくなった。どうしたんだ?

《…を…けて…罠…!》

雑音とともに長門の声が微かに聞こえた。…ジャミングされているというのだろうか。
ボードもその影響でバッテリーがイカれてしまったのだろう、と思う。つまり確実にこれは罠だ。

「…さて、鬼が出るか蛇が出るか…」

呟きながら腰の銃に手を伸ばす。どんな生物が出るか分かった物ではないので実弾である。この場所の磁波の影響は受けない。

「…?」

じっと耳を済ませているとざ、ざ、という音が聞こえて来た。ノイズのような音。

「おいおい、まさか…」

じわじわとその音が近づいて来て、それが大量の足音なのだと気がつく。
やばい、やばすぎるだろうこれは。罠どころの騒ぎじゃない、こんなの、

「戦争だろう、明らかに…!」

俺はその場から慌てて走って逃げ出す。チュィン、と後ろから音が響いて来て、俺の横を通り抜ける。振り向き様に何発か放って俺は相手の姿を確かめた。

「…にん、げん?」

俺たちと同じ、けれど所属の違うであろうボディスーツに身を包み、こちらに銃を構えるその姿は同じ人間に他ならなかった。こんな場所なんだ、機械だと思ってたのに、なんで!
しゅん、とボードの浮く音がして俺はそれに飛び乗る。逃げなければ、とにかく今は!

「ぐぁっ…!」

ボードを走らせようとした所で足を撃たれた。それでもなんとか姿勢を保ち、まっすぐ、とにかく施設の外へ出るために急ぐ。
撃たれた部位がじくじくと痛みを発し、熱を持ち出す。そんなに酷くはなさそうだが、バランスが取れない。施設の外に出て僅か森に入った所でバランスを崩して倒れ込んでしまう。
その間にもあの足音は聞こえている。実弾なんだ、数は無い。一人二人殺した所でその間に俺が死んでしまう。いや、こんなの良い訳だ。俺が、この手で誰かを殺さなければならないと言う事実が怖いだけだ。わかっている。軍人なんかやってるんだ、人を殺さずにいられるわけがない。でも、それでも!
そんな時、不意にこんな場所には似合わないエンジン音が聞こえた。






























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