act.18 Desine fata deum flecti spectare precando.
なぜこんなところでエンジン音が?
そう思いながらそちらへ目を凝らすと、何か小型の機械が猛スピードで走ってくる所だった。僅かに見える、赤い光。
…赤い光?
気がついた時にはそれは大量の兵士達に向かって飛来していた。閃光と爆発音。少し遅れて届く爆風に、思わず顔をしかめた。
その爆風にまぎれるようにして、その小型…といっても通常よりは大きい…のモービルが地面を僅かにえぐりながら急停車する。
「ご無事ですか!?」
「…ああ、一応な。足を撃たれちまったが」
「足を…、ボードはここにおいて行きます。僕の後ろに乗れますか?」
なんとか、と答えて古泉の手を借りながら手早く小型モービル、ワインレッドと白のコントラストのバイクに乗り込む。
しかしまたなんで、小型化が好かれてるこの時代にこんな大型バイクがあるかね。
「僕の趣味なんですよ。…しっかりと掴まって、舌を噛まないように」
つまり黙れと言う事なのだろう。古泉と言わんとする事は分かる。先ほどの攻撃で吹っ飛んだ兵士の数などたかが知れている。早く逃げなければ。
そう思って振り返り、俺は絶句した。その俺の反応に気がついたのか、古泉も同じように後ろを振り返り絶句する。
腕を、足を、吹き飛ばされているはずの兵士達が、何事もなかったかのように再び動いているのだ。肉はえぐれ、焼け、立つのでさえ精一杯というような節さえあるのに、なぜ。
「…洗脳ですか」
古泉が忌々しげに呟く。そうでなければ生身の人間があれだけの怪我をして動ける訳が無い。
「レベル10(テン)、最高ランクですね。死ぬまで彼らは命令を実行しますよ」
「…誰がそんなことを…」
「わかりません。それを突き止めるのも我々の仕事でしょう。…行きますよ」
銃を撃たれる前に、とバイクを走らせる古泉の背中にしがみつく。思いの外バイクが揺れるせいでもあったが、それ以外に悔しくてならなかった。
許せるはずが無い。人の命は玩具じゃないんだ。何度でもやり直せなんかはしない。
《彼らはもしかすると以前のこの星の住人だったかもしれませんね》
舌を噛まないようにと配慮してか、小さな声でも聞こえるよう内部通信で古泉が話す。
《あなたが送って下さったデータを今、長門さんが解析して下さっていますが…あそこは農業用の研究施設だったようですよ》
「…農業用?」
《ええ。この星は産業が盛んに行われている国だったようです。ですからこれだけ資源が豊かなようで》
「…あの兵士達の制服はここの自警団か?」
《おそらくは》
怒りで思わず古泉を掴む手に力がこもる。けれど古泉は何も言わなかった。
《ごめんなさい。敵のジャミングを解除するのに時間がかかった》
「長門!」
《いえ、構いません。敵は?》
《敵勢力は不明。けれど私にとても負荷を与える。手強い事だけはたしか》
洗脳した兵士までしかけてくるくらいだ。油断はできないというところだろう。
《…後方、五時、七時の方向から近づいてくる生体反応あり。識別は敵》
「おっかけて来やがったのか…!」
《向こうもそれなりの準備をしていたということでしょう。我々のデータも向こうに知られていそうですね。…迎撃をお願いで来ますか》
「…わかった」
では、一時的に足を拘束させて頂きますね、と古泉が言ってボタンらしき物を押すと、足枷のようなもので体を固定された。助かるが…改造車か。
《はい。もちろん合法的に、ではありますが》
別に合法、非合法だろうが機関の力があるんだ、お前は責められないだろう、なんて思いながら腰の銃を抜き、構える。
《…躊躇わずに体の中心を狙って》
「…わかってる」
これは戦争だ。やらなければ殺されるのはこちらなのだと、知っている。
近づいてくる陰に、照準を合わせる。体を捻っている体勢の上、大きくバイクが揺れる場所だ。上手く当たれば良いが。
人を殺すのが初めてかと聞かれれば、初めてだ。多分、こうして人に向けて銃を撃つのでさえ。
自然と瞳孔は開き気味になり、息も荒くなる。けれど、やらなければ。
祈るように俺は引き金を引いた。バイクの音にかき消されて銃声はしなかった。数秒の後、倒れる人影。そして運転手を失い、錐揉みしながら倒れるバイク。
続いて右、左、と俺の心はあくまでも冷静に弾丸を放っていた。人が倒れ、バイクが転がり遠ざかる。爆発音が聞こえた。当たりどころが悪かったのだろう。
―――ああ、人を撃つって、こんなに軽い物なのか。
軽く引き金を引く。それだけで人の命が奪えると言う事実。
《大丈夫ですか?》
「…ああ、平気だ」
俺を気遣うような古泉の声に、なんとか答えて銃をしまう。
《―――! 形態:緊急事態(モード:エマージェンシー)》
長門の焦ったような声が響く。
《どうしました!?》
《敵が迫っている。流石のあなた達でも対処できない数》
「なんだって?」
まだそんなにこの星の人間がいたというのか。
《この星の人間は全て洗脳されている。女も、子どもも。レベル10。手の施しようが無い》
「だからって…!」
《分かって下さい、これは戦争なんです。このままでは僕らがやられてしまうだけで、彼らを解放するためにはもう…》
わかっている、わかっているんだ!けど!
《長門さんも僕も、むやみに彼らを殺したい訳ではありません》
「…、」
古泉の沈痛な声に、俺はどうにか頷いた。
《…艦からS-201BELを撃つ。退避を》
《了解しました》
「退避っていったって…」
どこにだ?
《すぐそこにですよ。…掴まっていて下さいね》
「え、嘘だろ、ちょっと待て?!」
古泉が進んでいる方向は森を抜けた先の崖だ。まさか、まさかとは思うが。
《飛びますよ!》
「嘘だろぉおおおっ!?」
叫ぶ俺を他所にバイクは崖に向かって突っ込んで行く。
スピードを一つも緩めずバイクは崖へ突っ込み、宙に浮いたかと思えばもちろん、落ちて行くしか無い。
高い高い!死ぬ!これは絶対死ぬ!古泉のバカやろう!死んだら化けて出てやる!お前なんか地獄に堕ちろ!
後ろの方で爆発音が響いた。長門の撃った音だな、と古泉にしがみつきながら思う。
…というか、地面に衝突する衝撃はいつまで経っても来ないのだが。
《もう大丈夫ですよ》
「へ?」
古泉に言われて恐る恐る目を開く。すると、バイクはなぜか宙に浮いていた。
宙に、とは言っても大した高さではない。1mあるかないかくらいだ。…これは一体。
《言ったじゃないですか、改造が施してある、って。長門さん直々にしていただいたんですよ。お陰で水陸空、全対応になっています。あ、もちろん宇宙空間でも動きますよ、一応ね。ただ人間の方が持たないんですけど》
「それを早く言えこのアホ!」
思いっきり古泉にしがみついた俺がアホのようでは無いか。
《すみません》
悪いとはちっとも思ってなさそうな口調で古泉が言った。あとで殴ってやる。
「…長門」
《敵殲滅(オールクリア)。この星の情報も全て埋まった。帰還して欲しい》
「わかった。ハルヒ達ももう戻るんだな?」
《そう。私はしばらく情報統合思念体にコンタクトを取る》
それだけ言うと長門からの通信が切れた。
《では、帰りましょう》
「…なあ」
パチパチと音を立てて燃えて行く森を見ながら呟く。
「どうなるんだ、この星」
《…この星の人はもう、誰もいないのでしょう。おそらくは我々の国の所有物になると思われます。彼らの死体については…長門さんが処理して下さっているはずです》
「…そうか」
せめて花を添える事くらい、許されるだろうか。
そんな気持ちを抱えて、俺たちはその星を後にした。
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