彼と会う事はなかったが、それでも俺はあの日の幼い頃の出来事を未だに覚えている。
彼との出逢いがなければ、俺はきっと軍に進む事もなかっただろう。
act.2 Incipe. Dimidium est facti coepisse.
さて、あれから再び数日後のことである。ハルヒに呼び出された俺は、正式に支給された軍服に身を包んでいた。このベレー帽はなんなのかね。
「さあ、ただのオシャレとかじゃねーの?帽子がねえよか締まって見えるんだろ」
「それにしても、古泉くんに長門さんがいるなんて、つくづくこの部隊ってエリートの集まりだよね」
谷口も国木田も気軽に言ってくれるが、俺は何故かそのエリート集団の中に放り込まれたんだからな。いや何故かってハルヒが引っ張り込んだんだが。
「まあ何にせよ頑張れ、俺には関係ねえし。じゃ、ちょっと自主練行ってくる」
「じゃあ僕も、整備に行ってくるよ。色々覚えなくちゃならないし」
二人とも俺にひらひらと手を振ると正反対の方向へ行ってしまった。くそ、友達甲斐のない奴らめ。
立ち止まっていたって仕方がない。俺は会議室へ向けて足を進めた。
今俺たちに割り当てられている部屋は、俺たちの母艦の一室である。NSKの周りを衛星のようにひっついているのが、この母艦だ。
NSK自体は昔俺たちの祖先が住んでいたと言う「日本」ほどの大きさがある。他の国はもっと技術が進んでいて、もっと大きな戦艦…まあ国なのだが…を有しているらしい。
場所によれば、星ごと移動している国があるとかないとか。そんなことはどうでもいいけどな。
そして俺たちの母艦は、その十分の位置程度の大きさである。それでも結構でかい方だがな。この大きさは俺たちが第一師団だからこそ、だ。他の部隊は更にこれの半分以下だからな。
その上俺たちにはハルヒの権限で何故か俺と長門と古泉と例の萌えキャラさんの分のみ母艦の二十分の一ほどの大きさの戦艦が与えられている。まあ長門は情報収集用、萌えキャラさんは補給艦だからわかるとして、何故俺と古泉にまでなのだろうか。
ハルヒ曰く、
「古泉くんのは上が寄越して来たの。彼は優秀だから、ってさ。アンタに渡したのはあたしの分よ。あたしはこの母艦さえあれば別にいいからね」
母艦の名前は特にないので、ハルヒ戦艦と読んでいる。俺のも古泉のも長門のも萌えキャラさんのも以下同文である。ださいな、おい。
とにかくその戦艦達も普段は母艦に収納されている。補給艦だけが少々大きく、長門の艦は少々小さい。俺と古泉のは標準と言った所だろうか。それにしても、古泉のは少し変わった形をしていたのを覚えている。まあ別に関係ないがな。
ぷしゅう、と音を立てて扉が開いた。中を見回してみるが、まだ一人しか居ない。
「長門か」
「そう。…よろしく」
長門は手にした本から少しだけ目を離してそう言った。士官学校時代に少しだけ会話した事がある程度だ。いつも一人で本を読んでいたのを見て、「本、好きなのか?」と声をかけたくらいで。
ただそれからどことなくこいつが俺に好意を持ってくれているのは解る。まあ多分、「図書館とかも行くのか?」「…図書館?」と聞き返したこいつに図書館の場所を教えてやったからだと思うが。
ちらりと本の背を見ると、「軍隊の規律」という本だった。真面目な事で。
俺は長門の正面に腰掛けた。約束までは後5分だ、すぐにまた誰かくるだろ。
「おや、まだお二人だけなのですか?」
その声を聞いて俺は正直顔を顰めたくなった。別にこいつが悪い訳じゃないのはわかるんだがな。どうもいまいち信用ならないと言うか。
「ご存知だとは思いますが、古泉一樹です、よろしくお願いします」
にっこりと笑ってそいつは俺に握手を求めて来たので、嫌々ながら握り返してやった。そして古泉は俺の隣に座る。
それから更に5分後、つまり約束の時間を少々過ぎてから、
「やっほー!みんなおっまたせーっ!」
「ひあああう!?」
ハルヒのやたらと元気な声と、そのハルヒに振り回されて死にそうな可愛らしい少女の声が響いた。
「遅い」
「なによ、まだ5分も経ってないでしょ」
「お前な、俺の時は5分前についてようと遅いっていうだろうが」
「それはそれ。あたしはあたしよ。ここじゃあたしが法律なんだから」
相変わらずのハルヒ理論である。俺が呆れていると、古泉がくつくつと笑った。
「…いえ、失礼」
俺が睨んだのがわかったのか、古泉が肩を竦めてから立ち上がった。
「正式な場としては、お初にお目にかかります。涼宮師団長。お噂はかねがね」
「そ。…一応これで全員そろったわね。じゃ、改めて自己紹介でもしましょ」
かつかつかつ、とハイヒールを鳴らしてハルヒは席についた。丁度一番俺たちが見える場所に。
「知ってると思うけど、あたし、涼宮ハルヒ。ここの師団長。よろしく」
次、とハルヒは古泉を指差した。行儀が悪い。
「では、改めまして」
古泉は柔和な笑みを浮かべたまま、立ち上がる。そんな姿だけでも様になるのは、やっぱり顔がいいからなんだろうな。
「初めまして。この度第一師団幕僚総長に任命されました、古泉一樹です」
「古泉くんには副団長もやってもらうわ」
「身に余る光栄です」
と、古泉は大仰に礼までしてみせた。どうにも胡散臭い奴である。どこもかしこも演技じみていると言うか。
「情報参謀、整備その他。長門有希」
物音ひとつせず立ち上がった長門は、それだけ言うとまた物音ひとつ立てず座った。相変わらず不思議な感じのする奴だ。
「じゃ、次みくるちゃんね」
「は、はいっ」
勢い良く立ち上がったその人は、一見俺たちより年下に見えた。だがそんなはずはない。士官学校を卒業しなければ軍には入れないし、同学年にこんな人は居た覚えがない。つまりは…上級生だったのか!?
「えっと…あのぅ…治療班兼補給艦隊長官、朝比奈みくるです、そのっ…よろしくお願いしますっ」
と、思い切り頭をさげたせいで、机にごつん、と頭をぶつけてしまっていた。「ふええ…痛いです…」と少し涙目である。思わず糸目になってしまうほど可愛らしい。
「ど、萌えキャラでしょ、キョン。それにね、この子…」
「え、え?」
ハルヒはにやにや笑いながら朝比奈さんの後ろに周り、おもむろに―――――
「どりゃっ」
「ひ、ひええええええーーっ」
胸を揉んだ。なんてうらやましい…って違った。
「ハルヒ、お前なっ」
「あたしよりちっこいくせにこの子こんなに胸がでかいのよ!あんたも触ってみる?」
「っひ!」
朝比奈さんが怯えたような目でこちらを見た。誰がするか馬鹿。お前じゃあるまいし。
「…まあいいわ。ということなのよ」
「何がということかは知らないが、ただ単にお前の好みだけで部隊に入れた事だけはわかった」
何よそれー、とハルヒは拗ねたように唇を尖らせたが、すぐに笑顔になった。
「で、そこのそいつはキョン。作戦参謀で、古泉くんの部下になるからね、よろしく!」
「そうなんですか。よろしくお願いしますね」
そうなんですか、ってこいつも配属表くらい見てるだろうに。嘘くせぇ。
まあそんなことを言っても仕方がないので、「よろしくお願いします」、とだけ言っておいた。
「それで、涼宮師団長、僕たちが今日呼ばれたのは――――」
「ストーップ!」
なんだ?
「ねえ、古泉くん、その師団長、って言うのやめてくれないかしら」
「何故ですか?」
「あたしあんまり肩書きって好きなじゃないの。涼宮さん、とかハルヒ、とか好きに呼んでちょうだい」
なんともハルヒらしいな。もっとも、俺は最初からハルヒと呼んでいた訳だが。
しかし案の定古泉は困惑した顔をしている。無理もない、軍って言うのは階級が何よりの勲章だ。
「しかしハルヒ、流石に一般の部下の前や上司の前じゃまずいだろ、プライベート…知った顔だけの時限定にしないか?」
見かねた俺は助け舟を出してやる事にした。ハルヒは少々うーん、と唸っていたのだが、
「…ま、そうね。威厳がなさ過ぎるのも考えものだしね。いいわ」
と承諾した。
「じゃ、今日は解散していいわ。明日からまた具体的な方針を会議しましょ。…以上!」
パン、とハルヒが手を打って俺たちは解散した。また明日も顔を突き合わせるんだけどな。
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