《総員、第一種戦闘配備!》
『アイアイマム!』
ハルヒの一際大きな声が放送で響き、兵士達がそれに応える。俺は自分の戦艦に乗り込むとパネルの前に立った。
「システムオールグリーン、ジャミングなし。そっちはどうだ?」
通信機の確認も兼ねて俺は古泉に回線を繋いだ。敬語ではないのは、これが個人的な回線だからである。
『こちらも異常はありません』
「感度も良好…っと」
パネルを鍵盤でも叩くように軽やかに指が滑る。士官学校の頃を思えば随分と上手くなったと思う。まあ長門には…いや、ハルヒにも古泉にも敵わんが。
「長門、敵は」
『索敵範囲内にはいない』
「かくれんぼしてやがんのか?」
『作戦参謀!とっとと始めなさいよっ!』
長門からの中継が切れ、涼宮師団長――――もといハルヒのどアップが映された。心臓に悪いから先に切り替えるって言えよ馬鹿。
「だいたい幕僚総長のがそういうのは得意だろうが。なんで俺に作戦を練らせる」
『あんたは頭捻ってるのが似合うからよ』
嫌がらせかよ、おい。
俺は溜息をつきながら辺りを見回した。長門の事前情報によれば敵艦隊の数はこちらと変わらないらしい。
『敵艦隊、60秒後に接触』
長門の声が静かに響いた。そうだ、ここまできたらもうやるしかない。
act.4 Et arma et verba vulnerant.
「宣戦布告だって?また唐突な」
ハルヒに投げて寄越された声明を見ながら俺は呟いた。わざわざ宣戦布告だなんて、有り難い事ではあるが。
「別に唐突ってわけじゃないのよ、CPU連合って元々NSKと小競り合いみたいなのはしてたみたいだし。あっちももこっちの頭が変わったのを知ったんでしょ。それで、攻めるなら今が好機!とか思ったんじゃないの?」
なるほどな、と思わない事もないが、それでも何か急過ぎる気がした。
「ま、丁度良かったわ!一回あたしたちの実力を試してみたかったのよねっ」
「…そういうことを軽々しく言うんじゃない!」
俺は思わずハルヒを怒鳴りつけていた。解ってないのかよ、戦争なんて無い方がいいに決まってる。そのせいでどれだけ普通の人々が苦しむと思ってるんだ!
俺たちに被害が出るだけならいい。だが、もしもそれが国本体に行けば? 軍となんの関係もない人々が傷付き、苦しめられる結果になる。
「っ…なによ、圧勝したらいいんでしょっ」
それこそ一瞬怯んだように見えたハルヒだったが、これ以上話は聞かない、とでも言いたげにすぐに顔を背けた。
そう言う問題じゃない。しかしそんな事を言っても無駄なんだろうということはわかっていた。
ハルヒは昔からこうだった。いつでも詰まらなさそうな顔をしていて、自分の意見に反対されると、すぐにヘソを曲げる。少しはマシになったと思っていたんだがな。
「…とにかく、向こうだって必死なはずだ、そう簡単に勝てるとは思うなよ」
とりあえず忠告するだけして、俺は溜息をつきながら部屋を出た。
「お疲れみたいですね」
部屋を出た途端タイミングのいい事に古泉がいた。ハルヒに用なら今は行かない方がいいぜ、多分イラついてるだろうからな。
「…もしかして、怒らせてしまったんですか?」
「いや、別にそう言う訳でもない。あれは…まあそうだな、子どもが拗ねてるって状態だろうな」
「そうですか」
古泉は一瞬表情を硬くしていたが、ハルヒの機嫌がそう悪く無い事を知ると、明らかにほっとしたようだった。なんだ、第一師団長の機嫌を損ねるのはよろしくないってか?
「ええまあ…そうですね。でも今は彼女に用があってきたわけではないのですよ」
「ほう?」
「あなたに用がありまして」
「俺に?」
「はい。あなたの部屋に行ったら留守でして、こちらにいる、と伺ったものですから」
誰にだ?と思ったが、まあ廊下ですれ違った誰かにでも出会ったのだろう。大して気にすべき要項でもない。
「まあ俺もお前に用事があったんだ、丁度いい」
「そうなんですか?じゃあ、ゆっくりお話が出来るよう、別の部屋に移動しましょうか」
廊下で立ち話もなんだしな。正式にそのうち通達が行くとは言え、こんな話を廊下ですべきではないはずだ。
とりあえず古泉を俺の部屋に招く事にした。古泉の部屋でも良かったのだが、俺の部屋の方が近かったからな。
「ほらよ」
カフェオレを出してやると古泉は驚いたような顔をしていた。なんだよ。
「いえ…僕の好み、ご存知なんですね」
思わずしまった、と思った俺は顔を顰めていた。別に他意があったわけではない。
「士官学校時代にお前のファンの女子が話してたんだよ、『甘党らしいんだって』って。それに軍に入ってからも飲んでたの良く見てたからな」
「そうですか。それでも嬉しいですよ、ありがとうございます」
本当に嬉しそうに笑うものだから、恥ずかしくなって来てしまった。
「それで、そっちの用事って?」
「あ、はい。…いえ、大した用じゃないんですよ、ただちょっとあなたと話がしたかっただけで」
「なんだそりゃ」
俺はちょっと拍子抜けしてしまった。なんでまた俺なんかと?
「…覚えていらっしゃらないんですね」
「?」
「いえ、なんでもありませんよ。ただ…士官学校であなたの姿を拝見していたのに、全然知らないんだな、と思いまして。折角こうして同じ所で働く事になったんですし、是非とも仲良くしたいな、と思ったんです」
…なんかそう言われると、今までこいつの事何もないのに敵視した自分が情けなく思えてくる。なんだ、いい奴じゃないか。
「そっか…でもまあそんなに話す事なんてないぞ?」
「いえ、僕の方には聞きたい事もあるんですよ、いつ、涼宮さんとお知り合いになったんですか?」
「ハルヒとは…士官学校の入学式だな」
入学式に代表で選ばれたくせに、式に出席もしやがらなかったあいつを俺が偶然、屋上にいるのを見かけたからだ。
そっと入学式を抜け出すと、屋上で何かを探すように船の天井に映された偽物の空を睨むハルヒに俺は声をかけたんだ。
「そんな風に空ばっか睨みつけたって、他の星域からの侵略者なんて来やしねーよ」
理由は、ハルヒが昔の俺に重なって見えたからだ。ありもしない空想ばかりを描いて、手の届かないものに憧れていた子どもの頃の自分を。
それがきっかけでハルヒと少し話すようになった。周りの人間の凡庸さが気に入らないのか、テリトリーに人を入れたがらなかったからな。よく屋上で話をした。
長門と図書館で出会った後は、あいつもよく屋上に来ていた。話す事はまったくと言って良いほどなく、ずっと近くで本を読んでいただけだったが。
「ただ、それだけの出逢いだよ。三年目は一緒のクラスだったけどな」
「そうだったんですか」
何故あの時、ハルヒに声をかけようと思ったのか。今でも少しだけ、不思議だ。
「…それで、あなたの方の用というのは?」
「ああ、実は、CPU連合が宣戦布告して来たんだ」
「宣戦布告?」
古泉が眉をひそめながら問い返して来た。けれどその表情は、どこか「ついにやってきたか」、とでも言いたげな表情だった。
「そうですか…では、準備をしなければなりませんね」
「ああ。通達ももうすぐハルヒから全軍に回ると思う。とにかく前線は俺たちなんだ、気を引き締めて行かなきゃな」
宣戦布告に書かれた勝負の日付まで、そう時間はなかったのである。
色々と準備をしている中、ハルヒから唐突な招集がかかった。なんだよ一体。
「そう言えば、あたしたちの軍の名前、考えてなかったじゃない」
別にそんなもんいらないだろうが。第一師団で十分だ。
「いーえ!これは必要よ!なんてったってあ・た・し・の!第一師団なんだからっ」
ハルヒがここまで主張するからには、聞いてやらなければどうしようもないんだろうな。…ハァ。
「…とりあえず聞いてやるから言ってみろ」
「SOS団よ!」
(それって非常にまずくないか。部隊名が助けてくれってどんなだよ)
俺がそう思っているとハルヒが続けた。
「あ、これ略称だから。正式名称は…」
そこでハルヒは俺たちの顔を見回すと、にんまりと笑う。実に気持ち良いくらいの笑顔だった。
「世界を大いに楽しむための涼宮ハルヒの団よ!」
こうして俺たちの軍は、非公式ではあれどSOS団となったのであった。
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