1600(イチロクマルマル)、俺たちの戦いは幕を開けた。








act.5 Certa amittimus dum incerta petimus.







60秒後に接敵。長門はそういうが、画面上にも、肉眼で見える範囲にも、敵の影は見えやしない。向こうは中々速度が速いらしい。その分装甲は薄そうだが。

「敵艦隊の数は?」
《母艦が1、戦艦が4》
「俺たちと同じ数か…」

長門が索敵艇を前に進めながらそう言う。特に今の所罠もないらしい。

《30…20…》

静かに長門がカウントを始めた。

《10、9、8、7、6、5、4、3、2、1》

―――来た。
まず姿を見せたのは、<イクイノックス>と<ルペルカリア>の二隻だった。長門の索敵艦隊とかち合うと、すぐさま攻撃を始めた。が、長門の艦が小さいせいもあるのか、機敏な動きで長門は敵の攻撃を避けている。
だが、いくら優秀な長門でも二隻を相手に一隻では難しいだろう、早く加勢しなければ。
そう思ったとき、ぐらりと船が揺れた。続いて聞こえるプログラムの報告。損傷度1%。攻撃されたのか?
<ブラインドネス>と<ムスペルヘイム>が俺と古泉の艦隊を挟み撃ちにしていた。

「っくそ、…全艦首、右舷へ九十度!射程範囲に敵艦捕捉の後、砲撃――――って」
《逃げられてしまったようですね。僕の方も同様です》
《何やってんのよっ!ちゃっちゃと反撃してやっつけなさいよっ!》

そう簡単に事が済めば、それはもう戦争とも言えない気がするんだが。

「…なるほどな、長門の方がおとりで、そっちに気を取られた隙に残り二隻が攻撃する方針か」
《どうしますか?》
「…俺としてはやはり、指令を出しているはずの<ディエス・イラエ>をどうにかすべきだと思います。頭がやられれば残りの艦隊も沈黙すると思われますが」

全部隊に聞こえている通信のため、俺は古泉に対して敬語を使いながらそう言う。

《僕もそれが良いと思いますね。涼宮閣下はどうですか?》
《異存はないわね。問題はそれがどこにいるか、よ》



1630(イチロクサンマル)、已然として戦況は変化していなかった。
やつらはふらりと現れてはヒット&アウェイを敢行し、俺たちが反撃に転じようとするとまたすぐさま逃げると言うことを繰り返していた。お陰でじわじわと戦艦はダメージを受けている。
長門は健気にもたった一隻で二隻の相手を続けている。やられるどころか、向こうを押しているくらいだ。
不思議なのは、どうしてここまで向こうが正確に俺たちの居場所を知っているのか、である。向こうから策敵艦隊が派遣されている様子はまったくないというのに。

《あぁもうっ!いい加減焦れて来たわっ!!》

バンッ、と机を叩く音までが聞こえて来た。

《作戦参謀、幕僚総長、どきなさい!あたしが直接打って出るわ!》

何考えてんだこのバカは!

「そんなことしたってやられるのがオチだ!どこに居るかも解らないんだぞ!」
《そんなもん勘で見つけてやるわよっ!》
「見つかるわけないだろうが!冷静になれ!」
《いいから退きなさい!役職から解雇するわよっ!!》
《それは困りますね。ですが閣下、どうぞここは僕たちに任せてもらえないでしょうか。不肖この古泉、一命に変えましてもあなたに勝利を献じてみせましょう》

どこか芝居がかったような口調で古泉は言った。

《っ…でも、このままじゃ…!》

ハルヒの焦りは痛いほど解った。だけどお前がやられたら何にもならないんだぞ。
しかし、このままじゃどうしようもないのは確かだった。くそ、これで終わりなのか?

その時だった。

『っ…!! 時限層の歪みが出現、来ます!』

そんな朝比奈さんの声が響いたのは。







それは唐突にそこに出現した。空間が蜃気楼と呼ばれる現象のように歪んだ、と思った途端、そこから出て来たのだ。

「…カマ、ドウマ?」

それは昔地球にいたという、生き物そっくりだった。幼い頃見た図鑑というやつに載っていたように思う。
それも一体だけではない。次々とその歪みの中から奴らは飛び出して来た。カマドウマだけではない、他の昆虫の姿もある。
そいつらは赤い目を光らせて艦隊を睨むと、次々と襲いかかって来た。

「っ…何なんだこれは…!」
《敵です、こいつらには通常の弾薬も効きます、どうぞ遠慮なく攻撃を》

古泉のやたらと冷静な声が気にかかったが、今はそんな場合じゃない。船に取り付かれでもしたら撃つ事も出来ないからな。

「捕捉出来るだけの敵を捕捉しろ!全弾発射!弾が無くなったらエネルギー兵器に切り替えろ!」
『アイアイサー!』

キーボードの上を軽やかに指が滑る音が響く。ピピッ、という電子音とともにターゲッティングされた敵が四角く表示される。その数、およそ100。自艦隊が捕捉出来るだけでこの数っていうのはどういうことだよ!

「っ…撃てっ!!」

迷っていたって仕方がない。このままではやられるのはこちらの方なのだ。幸い、CPU連合は突然の敵に慌てているらしく、こちらを相手している余裕が無いらしい。

『長門さん、"リミッター"解除を』
『わかっている』

古泉と長門の声が個人回線から聞こえた。リミッタ−?どういうことなんだ。
そんな言葉は、人間に対して使う言葉じゃない。

『…あなたには、お見せしても構わない…いや、お見せすべきでしょうね』
「どういうことだ?」

その瞬間、俺の前の小さな画面に長門の姿が映された。皮膚の表面にひび割れのような小さな光が走り、そして、長門の体には無数の管が伸び、メインコンピュータに繋がっている。

「―――――っ!」

流石の俺でも気付いた。長門は…

『そう。私は機械人形(ヒューマノイド)。人間ではない』

まっすぐに宇宙を見つめたまま、長門は言う。

『長門さん、敵を全て捕捉出来ますか?』
『やれる。…』

長門が呪文のような物を口にした。いや、それが普通に使うSQLによく似ていたのは解る。しかし、靄がかかったようにそれを理解する事はできなかった。

『…当該対象を敵と断定。これより対象を排除する。…拡散粒子砲、発射』

そう呟いた瞬間、まるで俺たちの艦隊を避けるようにぐねぐねと無数の光の帯が発射された。それは寸分違わず虫達を突き刺した。その瞬間、爆発が起こる。
爆発が収まると、虫達はかなりその数を減らしていた。あと少しと言う所だろうか。

『―――!! 来ます!今度はもっと大きいです!』

再び朝比奈さんから通信が入る。まだ何か来るって言うのかよ!?

そしてそいつは現れたのだ。宇宙空間を引き裂いて。
最初に見えたのは、手だった。いや、手と言うよりは太い棒のようなものだっただろう。次に、頭が見えた。頭には暗くなりへこんでいる部分があって、おそらくそれが目と口なのだろうとかろうじて解る。
そして、そいつは足を出して宇宙空間に完全な姿を見せた。でかい。それもひたすら。もしかして母艦よりでかくないだろうか。
俺が動揺しながら古泉の艦隊に目をやると、誰かが先端のフロアに立っていた。あの制服の色は間違いない、古泉だ。
あいつ、スーツも身につけず生身でいるなんて、死にたいのか!
しかし違った。よく目を凝らせば古泉の周りを赤いオーラのようなものが取り巻いていた。その光は段々と強くなり、古泉の姿がかきけされ、やがて完全な赤い球体になった。
そしてそれは宇宙空間、青い巨人の元へと飛び出していった。
青い巨人の方を見れば、古泉と同じような赤い弾がいくつも巨人を取り巻いていた。総数は多くなさそうだが、動きが速すぎるため正確な数は数えられない。

「な、んなんだよ…これ…!」

俺はちらりとハルヒの戦艦の位置を確認した。長門のお陰でこの辺りのデータは全て入って来ているらしく、画面上の遥か上、ハルヒとおそらく<ディエス・イラエ>であろうマーカーが確認出来た。《いけいけいけ〜!!》なんて声も聞こえている事から考えると、向こうの母艦を滅多撃ちにしているのだろう。
同時に長門が傍受したらしい向こうの通信も聞こえる。『将軍、化け物が…!!』『何ぃっ!?しかしこちらも向こうの母艦が…!』と焦った声が聞こえて来ていた。
――――ハルヒの艦だけが、知らないというのか。この異常な状態を。
そう考えるとぞっとした。

『…説明は、ちゃんと後でします。だから今は、何も言わないで下さい、キョンくん』
「…はい」

朝比奈さんの声に俺は頷いた。何か理由があるのは、解るからな。
やがて赤い球のうちのひとつが、赤い光の尾を引きながら巨人の腕の周りをぐるりと回った。それと同時に、切り落とされたように崩れる腕。血液の変わりなのか、ちぎれた場所からは青い光がぽたぽたと宇宙に染み出していた。
それに続くように他の赤玉も同じ動きをしてみせ、あっと言う間に巨人は塵になった。同時に、朝比奈さんが告げる。

《時限断層の歪みが閉じます!総員、衝撃に備えて!》
「―――伏せろっ!」

衝撃はすぐ後に来た。強風が吹き荒れるように、船が揺さぶられる。爆風を受けた時に近いかも知れない。
数秒揺れた後、収まった。…そう言えば、あれだけの衝撃で古泉は無事だったのだろうか。

『大丈夫。彼らは慣れている』

長門の言う通りだった。どうやら近くに転がる宇宙の塵、まあ平たく言えば岩石のようなものだろうか。それにしがみついていたらしく、すぐに赤い球がふよふよと出て来て、それぞれの方向へ散って行く。古泉も自分の戦艦の方へ戻ると、何事もなかったかのように管制室に戻って行った。

『…お騒がせしました。涼宮閣下は?』
『敵母艦と戦闘中だ。もうすぐ落として戻ってくるだろ』

敵の戦艦は全て沈黙していた。動かないわけではないのだが、戦えるほどの戦闘力は残っていない。








そしてハルヒが捕虜を連れて意気揚々と凱旋したのは、ほんの数分後のことだった。























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