act.8 Ergo exeundum ad libertatem est.
「…お見苦しい所を…お見せしました…」
やっと完璧に目が覚めたらしい古泉は、俺の前で散々慌てたあと、自分でも片付けを手伝おうとしたのだが整理整頓にはまったく向かないらしく、さらに散らかすだけだったのでとりあえず顔洗って支度してこいと言っておいた。
古泉が軽くシャワーを浴びて戻ってくる頃には、見違えるほど部屋はきれいになっていて、流石に申し訳ないと思ったのか顔を赤くしながら俺に謝った。
「まあ気にすんな、俺が気に入らなかっただけだからな。書類とか棚にまとめておいたぞ」
「あ、ありがとうございます。えっと…飲み物を出したいところなんですけど…」
と、古泉は簡易キッチンに視線を向けた。あー…埃だらけだな。一回も使ってないのか?
「面目次第もありませんが、一度も」
「…つまり何か、お前の飯やら飲み物やらは販売機だよりか。体に悪いぞ」
「生まれてこのかた料理をしたこともないんですよ」
「は?一回もか?」
俺が問い返すと古泉は頷いた。…珍しい奴もいるもんだ。
「…あなたは料理、されるんですか?」
「まあ普通にな。そんな大した腕前でもないぞ」
「そんな、僕にとったら作れるだけでもすごい事ですよ」
古泉みたいな奴にそう言われると悪い気はしないな、うん。
「じゃあ今度、食べにくるか?」
「え?いいんですか?」
「ああ、お前がいいならな」
「ありがとうございます」
たったそれだけの事だと言うのに、古泉は嬉しそうに笑った。
「ほら、とっとと髪を乾かせ。風邪ひくぞ」
いささか乱暴に古泉の頭をタオルごとわしわしと撫でれば、ぽかん、として古泉がこちらを見上げた。
「なんだよ」
「いえ…世間でいう母親みたいだな、なんて…いたっ!?」
「寝言は寝てから言え。寝て言っても殴るがな」
「じゃあ言うなってことじゃないですか…」
恨みがましそうに古泉が頭をさすりながらこちらを睨むが、俺は知らんぷり。
「じゃあ自販機でちょっと飲み物調達してくるから、頭乾かしとけよ」
古泉の部屋から出て、休憩室へ向かう。そこに見知った人を発見した。
「こんにちは、朝比奈さん」
「あ、キョンくん。こんにちは」
朝比奈さんは俺ににっこりと微笑みかけてくれた。いつ見ても天使のような人である。
「何か飲みますか?奢りますよ」
「え、でも…」
「飲み物くらい、遠慮しなくていいですよ」
しばらく迷っていたが、朝比奈さんはじゃあ、お願いします、と微笑んだ。
朝比奈さんは砂糖たっぷりのミルクティ、古泉にカフェオレ。俺は…今日は茶にしとくか。
「キョンくん、お茶好きなんですか?」
「え?ああ、結構飲みますよ。ゆっくりしたい時とか」
コーヒーはどちらかというと作業中に飲む。
そうなんですか…と朝比奈さんはしばらく考えていたようだったが、急にパッと顔を上げた。
「あたし、キョンくんに言わなくちゃならないことがあったんです」
「え?」
「気をつけて。あなたのことを、誰かが狙っています」
俺が問い返す暇もなく、朝比奈さんは俺から距離を取ってしまった。
「…紅茶、ありがとう。それじゃ」
なんとなく、その背中を追いかける事はできなかった。
部屋に戻ると古泉はちゃんと髪を乾かしていた。
「それで、相談ってなんですか?」
カフェオレを受け取りつつ、古泉が聞いてくる。うっかり用件を忘れるところだった。
「さっきCPU艦隊のとこ行って来たんだよ」
「彼らの所へ?」
「ああ。情報収集も必要だろうと思って。まあ下手したら先に機関とかの方が調べてる可能性もあったわけだが」
「いえ、特にはそんな報告も来てませんから。…それで、どうだったんですか?」
俺は連中に聞いた事をそのまま古泉に教えてやった。
「なるほど…」
「どう思う?」
古泉はしばし黙考して、口を開いた。
「あなたの考えは恐らく正しいでしょう。今回の件、長門さん以外の機械人形(ヒューマノイド)が関わっていると思って良いはずですよ」
「やっぱりなのか」
「ええ。彼らの目的は解りませんが…長門さんに直接聞いてみる必要もあるでしょうね」
「あ、でも今…」
朝倉が、という俺の言葉に古泉は首を傾げた。そうか、お前話は聞いてても会ってないもんな。
「今長門の所に補佐がついてるんだよ、俺と同じ階級の、朝倉涼子って女」
「…そうなると、個人的な時間しかないですね。長門さんは本日は?」
「えーっと…」
俺は手元の端末を弄った。古泉がそれを興味深そうに覗いている。
「なんですか、それ」
「えーっと、俺の友達で、整備の方に回ってる国木田が作った不正接続用端末。何かあった時に、って渡されてたんだよ」
「…なんてもの作ってるんですか、あなたのお友達…」
「別にそんなに言うほど有害なもんじゃねーよ、ただ見るしか出来ないからな」
まあ、谷口辺りに渡すと変なサイトとか漁りそうで問題あるが。
「お、あったあった。p.m.0800だな」
「では、長門さんに連絡しましょう。そうですね…折角あなたがお誘い下さったんですから、手料理をごちそうする、というのはどうでしょう?」
「は?」
長門が、そんなんで喜ぶだろうか?
「ええ、喜びますよ、きっと。彼女はあなたのことを好意的に見ているようですから」
「ふぅん…そんなもんか」
まあ長門がそれでいい、っていうならそれも悪く無いだろう。
「では僕から彼女に連絡を入れておきますね」
「あ、どうせなら食べたい物も、聞いておいてくれ」
「了解しました」
古泉が連絡用の端末を開いて長門とコンタクトを取る。
すぐに返事が返って来た。『了解。カレーライスがいい』。
「カレーか。まああいつけっこう食うみたいだしな」
「じゃあ、買い出しに行きましょうか。久々に本国に降りるのも悪く無いでしょう?」
「ああ、そうだな」
すっかり冷えた茶を飲み干して、俺たちは連絡通路に向かった。
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