久しぶりに本国に降りた俺は、ゆっくりと空気を吸った。人工的に再現されたものとは言え、緑の香りがして、何となく落ち着いた。後ろでは古泉が身分証明書を人工人形に渡して照会を受けていた。
こうして見ると、やはり違うもんなんだな、と思う。長門はどう見ても人間と変わらない。それに比べて人工人形は関節部自体に筋が入っているし、何より笑った顔で固定されている。『照会シマシタ、ドウゾげーとをオ通リ下サイ』と告げる声も、ひび割れている。

「何を考えてらっしゃったんですか?」

わかってるだろ、と短く告げて、俺は歩き出した。









act.9 Cibi condimentum fames est.










ぶらぶらと道を歩いていると、そこかしこに軍人の姿を見つける。中には士官学校時代の見知った顔があって、軽く手を挙げて挨拶を交わす。そういえば中河も駐留軍に進んだんじゃなかったっか。
士官学校の制服もちらほらとみつけて、俺は思わず頬を緩ませた。懐かしいな。

「ええ、懐かしいですね」

俺の言葉に同意するように古泉は頷いた。ほんの数ヶ月前だというのに、とても懐かしい。

「色々変わりましたけど…本国は全然変わらないようで、安心しました」
「そうだな。…あ」

ふと巨大なスクリーンに目をやれば、ニュースが流れていた。俺たち第一師団についてだ。
どうやらこの前のCPU艦隊との戦闘の結果報告らしい。

「…なんか恥ずかしいな」
「ええ、そうですね。実際はボロボロだっただけに、余計に」

今度戦う時は出来れば胸を張って戦いたいものだな。…いや、戦いなんて無い方が良いに決まってるが。

「あ、あったあった。…と、そうだ」

俺はふと気がついて連絡用の端末を開いた。

「どうしたんですか?」
「いや、折角本国に降りたんだから知り合い連中に必要なものがあったら買ってってやろうと思ってさ。搬送用の車は借りれるし」
「…優しいんですね」

古泉の方を見れば、俺を穏やかな微笑みと共に見つめていた。

「…別に、大量に買ってく方が安いからだ。それに、ついでだ」

照れを隠すように俺が早足で店に入ると、待って下さいよ、と古泉が慌てて追いかけて来た。

「えーっと、国木田が、固形保存食…あいつ体壊すぞ、まったく。…で、谷口が…アホかあいつは!」
「え?どうしたんですか?」
「見ろ、これを」

ずい、と俺は古泉に向かって端末を突き出した。そこには『ゴム(薄くていいやつ)、AV』と書かれている。んなもん誰が買ってくるか!

「こ、これは…」

と古泉が若干頬を染めながら視線をそらした。

「まったく、なんてもんを買ってこいと言うんだあいつは。却下だ却下。使う相手もいないだろうが」

ぶちぶちと文句を言いつつ俺は谷口に『却下』とメールを送り返す。他には…

「『何か面白いヤツ』…あったらな」
「涼宮さんですか」

正解、と古泉に返事を返しつつ店を進む。

「朝比奈さんが…『お茶。キョンくんの好みでお願いします』か」
「もしかして、会議の時用に、でしょうか」
「多分そうなんじゃないか?朝比奈さんらしいな。…これは経費で落としとくか」

わざわざ実費で払ってもらう必要もないだろうしな。

「で、食材は、っと」

さて、どのくらい買うべきか。

「古泉、お前カレーは好きか?」
「え?あ、はい。出来ればあまり辛くないほうが好きですが」

だからと言って甘口はないだろうから、中辛くらいでいいか。
冷凍保存出来るし、焼きカレーやドリア、オムライスにかけてもいいし、まあ結構カレーだけでレパートリーは増えもする。男二人に大食の長門だから、けっこうな量を作っても問題ないだろう。なんなら後でハルヒや谷口たちにも届けてやってもいい。

「…あの、どれだけの量をつくるんですか?」
「んあ?」

ふと手元のカゴをみると確かに古泉が戸惑うのも無理ないくらいのカードが入っている。

「ああ、他の連中の分も作って置いとくかと思ってな。まだ結構時間はあるし、単純な煮込み料理だから大量に作ってもそんなに手間はかからんからな」
「…次は手の込んだ料理をリクエストして下さい長門さん…」
「何か言ったか?」

いえ、と古泉は少々疲れた笑みを返した。

「それで、どこで作るんですか?」
「もちろん厨房を借りるさ。でっかい鍋もなきゃそれだけの火力もないからな」

一からの手作りではないが、それくらいは許されるだろう。料理人じゃないんだから、流石にスパイスの調合までは出来ない。

「それでも、僕にしてみればすごい事ですよ。何せまったくできませんからね」
「…どの辺から出来ないんだ?」

問いかけると、古泉は少々考え込んでいた。

「そうですね…ナイフの扱いは慣れてますから、切るのは普通にできますよ、米を洗剤で洗う、なんていうベタなこともやりませんし」

なら出来そうなもんだが。

「それがですね…調味料のいろは、というのにまったく心得がないもので、こういう料理の時はこれを入れた方がいい、とか、食べてみてこの調味料が足りない、とかが解らないんですよね」
「じゃあ、ちょっとずつ教えてやるから自炊してみるか?」
「え?」

古泉はきょとん、と俺を見返した。

「どのみち一回くらいはお前の部屋も大掃除した方が良いだろ。どうせ掃除もまともにしてないんだろ」
「え、ええ、まあ…」

帰って寝るか、書類を見るだけにしか使いませんから、と古泉は言う。

「じゃあ、それこそ掃除してやらなきゃならんだろ」
「え?そういうものなんですか?」
「少なくとも汚いより綺麗な方がゆっくり眠れる。それに、客も案内出来るからもうちょっと部屋も活用してやれるだろ」

いつがいい?と問いかけると古泉は更にぽかんとして俺を見た。

「…なんだよ」
「え、いえ、あなたが、やって下さるんですか?」

清掃業者もいるのに、と古泉は言うが、お前なぁ。

「重要書類もあるだろうが。それに他人に荒らされるよりまだ知った顔に掃除される方がマシだろ。それに、お前に任せたらいつまで経ってもやらなさそうだし」
「…ありがとうございます」

古泉は何故か複雑そうに微笑んだ。

「掃除の方はいつでも良いですよ、僕は留守にしてることも多いので、あなたのIDを登録しておきますね。教えて頂いてもよろしいですか?」

ああ、と俺は頷いて古泉の端末に指を触れさせた。ここのID管理は全部生体情報からだからな。瞳孔で照合する事もあれば、指紋、または声紋で照合する事もある。

「…はい、これで大丈夫です」
「…忙しいのか?」

急に聞いたからか、古泉は一瞬何を言われたか理解出来なかったらしい。

「忙しいのか、最近」
「…ええ、まあ、色々と。上への報告やら、涼宮さんの監視やら、することは沢山ありますから」
「…起こして悪かったな」

もしかしたら、最近あまり眠れていなかったんじゃないだろうか。目の下に微かに隈ができている。

「いえ、気にしないで下さい。あなたとこうやって過ごして、気分は楽になりましたから」

だからこのくらいさせて下さい、と古泉は俺からカゴを奪い、レジへ持って行ってしまった。あっけに取られている間に、古泉は会計を済ませてしまう。

あっけに取られたのは俺のせいじゃない、ああ、決してな!
古泉があんな顔して笑ったせいだ!



























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